+Defend for You+







 これは、ユーラたちと出会う少し前のお話
 そして、その出来事の発端は、すごく些細な事だった―――









「もういい! 兄さんのわからずや!!」


 小さな身体をめいっぱい膨らまし、フェンリは上から見下ろしている飼い主に怒鳴る。
 いつもは冷静な飼い主の方も、今回はかなり頭にきているらしい。
 眉を顰め、島で飛び跳ねている小さなケマリを冷たい視線をぶつけている。


「結局おいらのことなんて、何もわかってないじゃん! いいよもう・・・こんな島出てってやる!!」


 勢いで言った事など、飼い主にはわかっていただろう。
 そしてフェンリ自身も・・・

 しかし、飼い主の次の言葉に、フェンリは目を見開いた。


「・・・勝手にすればいい。どうせ一人では何も出来ないんだからな」
「・・・っ・・」


 怒りと共に、悔しさまでもこみ上げてくる。
 今までにないほど強い視線を飼い主に向け、フェンリは言い放った。


「わかった。勝手にするよ!! 兄さんのバカ!!」


 飼い主の次の言葉も待たず、フェンリはランダムの呪文を唱えると、逃げるように自島を後にした――――












 どこをどう辿ってきたのかわからない。
 ただ場所も見ずにひたすらランダムを唱え続けていたから・・・

 涙は絶え間なく流れ、それを服の袖で拭いているから、顔も袖もくちゃくちゃになっている。
 もしもこの時から、心を置ける友人がいたなら、こんなに寂しい気持ちにならなかったのかもしれない。

 呪文を止め、嗚咽を漏らしながら、フェンリは俯いたまま歩き続ける。
 空は次第に夕闇が迫っていた――――






 さらにそのままトボトボと歩き続けて、数十分
 空はすっかり闇に染まり、目の前に広がる大きな森も、月の光を遮りうっそうと覆い茂る木々によって、リヴを誘う魔の森へと姿を変えていた。

 そんな森を前に、いつもなら怖い!と泣き叫んでいるのだが、今日は何故か吸い込まれるように足が進んでいく。

 不思議と怖くない―――・・・

 包み込んでくれるような優しさまで感じていた。





―――・・・ちょっとキミ。この先は危ないよ!」


 無意識に近い状態のフェンリには、この声が自分にかけられたものだと気付いていない。
 目の前の森を見据え、声の主の忠告も聞かずそのまま前を通り過ぎようとする。


「ちょっと! 危ないってば!!」


 急にぐいっと肩を引かれ、そこでフェンリはようやく声の主の姿を捉えた。


「・・・あ・・」


 見上げた先には、腰に手をやり、自分を見下ろす彼女が立っている。

 肩にかかる赤い髪
 透き通った大きい蒼の瞳
 そして、その下に生える特徴的な赤い3つの斑点―――

 真剣な面持ちで、彼女は胸ほどしかないフェンリをじっと見下ろしていた。


「ねぇキミ。この先の森は通称、怪物の森。キミみたいな子が迂闊に入ったらケガどころじゃ済まないよ」
「・・・怪物の、森?」


 彼女の視線につられるよう、フェンリも森のほうへ視線を向ける。
 そこは、先ほどまで優しげな雰囲気に包まれていたと思ったが・・・
 今は彼女の言葉どおり、真っ暗で禍々しい気配を放っていた。


「怪物の・・・森」


 再度、フェンリは小さな言葉で呟く。


「わかったらもう家に帰りなよ。夜も遅いしね!」
「家・・・」


 彼女の言葉に、視線がゆっくりと降ろされる。

 やがて―――
 何を思ったか、フェンリは再び森へと足を進めた。


「ちょっ・・キミ!」
「いいの!!」


 慌てて肩を掴む彼女の腕を振り払い、フェンリは目に涙を溜めたまま言い放った。


「別においらがいなくたって、兄さんは何も思わないもん! 帰らなくたって・・・ケガしたっていいんだもん!!」
「いいって・・!」
「放っといてよ!」


 彼女から逃げるようにフェンリは真っ暗な森へと走っていく。
 そんな小さな背中を見据える彼女に、一瞬迷いが生じた。




 放っといて! あの子は、そう言った。



 ―――追いかける必要はないのかもしれない
 ―――余計なお世話なのかもしれない




「でも、放っておけないよね・・・あの子、泣いてた・・・」


 フェンリの姿は木々の闇に紛れ、もう見えない。
 意を決し、彼女もフェンリを追うべく、森へと足を向けた―――・・・












 月の光さえも遮る鬱蒼とした森――――

 思わず中に入ってしまったものの、まるで嘲笑うかのように風でざわめく木々を目の前に、フェンリはゴクリと息を呑む。
 あの時の涙は消え失せ、今心を占めているのは恐怖だけ・・・
 辺りを見回しても、誰の姿も見えなかった。


 ―――怖い・・怖い・・・怖い・・・


 頭の中をジワジワと侵蝕する恐怖は、神経までも敏感に尖らせる。
 真後ろで聞こえた葉の擦れる音に、フェンリは身体を固まらせ、音のした方に恐る恐る首を向ける。

 何の姿も見えない、だが確かに何かがいる―――・・・
 逃げる事も出来ず、ただその方向を見据えたまま、フェンリは遅い来る恐怖と戦っていた。



 そして―――



「見つけっ・・危ない!!」


 草葉から飛び出した赤い影を認識する前に、フェンリの小さな身体はその影に吹き飛ばされる。
 状況も理解できないまま、尻餅をついた状態で、フェンリは赤い影・・・「彼女」の姿を見上げた。

 その瞬間、フェンリの極間近
 低い唸り声が森の中に轟く―――


 彼女の肩越し
 よだれを垂らし、獲物を狙うモンスターの姿を、フェンリははっきりと捉えた。


「キミはそこから動かないこと! あと、危なくなったら自分の身は自分で守る事! わかった!?」


 モンスターを見据えたまま、彼女はきつく言う。
 その声に、未だ呆然としているフェンリは、ただ小さく頷くだけだった。


 真っ黒の瞳が月の光を反射し、妖しく光る。
 余裕に満ちた目で、目の前に立ち憚るリヴリーを嘲笑しながら、スズメバチは長い触角を忙しなく動かした。


 短い呪文の後、スズメバチのステータスを盗み見た彼女は、戦闘態勢を崩さぬまま顔を歪める。


「・・・レベル13。見逃してくれないってことか」


 出逢うモンスターによっては、興味がないのか、力がないのか。
 リヴリーを見ても襲ってこないヤツもいるのだが・・・
 どうやら運は悪い方向へむかっているらしい。


 血に飢えた漆黒の瞳は、さらに細く歪められる―――


「余裕ぶってるヤツほど、案外軽く倒されちゃうもんなのよね」

 そんなモンスターの視線を鼻で笑い飛ばす。
 腕を軽く回し、ちょっと屈伸すると、彼女はモンスターに向かって走り出した。


「戦闘開始っと!」


 敵を見誤ったか―――・・・


 一瞬にして間合いをつめ、己の下へと潜り込んだ彼女に反応する間もなく、スズメバチは腹部に鋭い衝撃を受ける。
 羽を羽ばたかせ反動を抑えて、身体を反転させるが・・・


 ―――彼女の足は目の前まで迫っていた。


「はぁっ・・!」


 横からのハイキックに、今度こそまともにハチの身体は木に叩きつけられた。


「ヒトは見かけで判断しちゃいけないんだよ・・・って、もう聞こえてないか」


 パンパンっと手を払い、既に動かなくなっているハチの傍に零れたddも拾おうと、彼女はその場にしゃがむ。

 その直後、背後から聞こえてきたのは小さな悲鳴だった――――


「お・・お姉ちゃん助けてぇぇー!!」


 ―――背後からの殺気

 振り向いた彼女の視線の先には、前足によって高く吊り上げられたフェンリと、その獲物を食おうとアゴを動かすクモ
 8つの金に光る眼がフェンリを捕らえたまま、目の前の新たな獲物を見据えた。


「さすが怪物の森・・・そう簡単には休ませてくれないか」


 腕を鳴らし、クモへと向かおうとする彼女の足が・・・ピタリと止まる。

 ―――いや、正確には止まらざるを得なかった。


「お姉ちゃん、後ろっ・・・」


 フェンリの息を呑む声が聞こえる。

 首に回された鋭い鎌は、1歩でも動けば喉に食い込むだろう。
 一体いつの間に、背後に回られたのかわからない。

 森全体がモンスターの気配を隠しているのか、それともこのモンスターの力が強いからか・・・

 首筋を撫でるカマキリの触角に嫌悪感を抱く。

 幸い、モンスターたちは獲物を捕らえた喜びを分かち合っているのか。
 すぐに襲うというわけでもなく、モンスター同士で何やら甲高い奇声をあげている。


 ―――こういう時間が死へと繋がるのにね・・・


 自分を捕らえている背後のカマキリを見上げながら、彼女は不敵に笑った。


「さてと・・・まさに絶体絶命だけど、キミならどうやって切り抜ける?」


 クモにぶら下げられたまま、恐怖の涙でぐしょぐしょになっているフェンリに、彼女は唐突に話しかける。
 フェンリの返事は、ただ首を横に振るだけ。
 まぁ、それも仕方ないのかもしれないが・・・


「キミねぇ、ちょっと無責任すぎるよ。ケガしたっていい!って叫んでたのは、どこのどの子だったかなぁ?」


 青い瞳が意地悪そうに細められる。
 僅かに語尾を上げて言う彼女に、恐怖はほとんど見えていない。

 一方のフェンリは・・・


「だ・・だってだって! あの時はそう思ったんだもん!! こんなに怖いなんて思わなかったんだもん!!」


 早口でまくし立て、緑のどんぐり眼からは新たに涙が噴出していた。


「無責任で我儘。オマケに一人じゃ何も出来ない。キミって男の子だよね? こういう時ほどしっかりしなきゃいけないんじゃない?」


 ―――この状態で、今の言葉は精神的にもキツいというのはわかっている。
 ただ、少しでも生きる可能性を高めるためには、フェンリの力が必要なのも事実


「飼い主さんに嫌われたのも、何か心当たりあるんじゃない?」


 彼女はあえて言葉を続ける。
 フェンリの表情に次第に戸惑いが見え始めていた。

 そして―――


「それ・・は・・・」


 涙が止まる―――・・・
 頭の中に流れるのは、飼い主の声


 ―――どうせ一人では何も出来ない・・・


 違う、そうじゃない。
 一人でも出来るって事を証明したかったから、島を出てきた―――
 兄さんにはっきりと、そうじゃない!って言いたかったから―――


「おいら――・・・」


 何かを言おうとした瞬間―――・・・
 フェンリの小さな声は、話が終わったモンスターたちの雄叫びに消える。
 獲物を仕留めるため、大きく振り上げられた鎌と、高く持ち上げられたクモの足
 どうやら彼らの晩餐が始まるらしい・・・

 内心、軽く舌打ちをすると、彼女は振り上げられた鎌を見据え、全神経を尖らせた―――





 ―――肩から斜めに・・・
 刀のように鋭いカマキリの鎌が、彼女を狙って振り下ろされる。
 すぐさま体勢を地面ギリギリまで屈め鎌をやり過ごすと、彼女はそのまま前方に転がり、フェンリの方へ向かって走る。

 放心しているのか・・・
 瞳も虚ろに身動きすらせず、フェンリは口元を何かモゴモゴと動かしている。


 ―――まずはあの子を助けないと・・・


 狙うのはフェンリを捕らえているクモの足
 襲い来るクモの7本の足を避けながら、徐々に間合いを詰めていく。

 クモの足を避けた頭上で、時折風を切る音もする。
 きっとカマキリも背後で狙いを定めているのだろう・・・
 後ろに戻ることは出来ない・・・!


「そうは思っても・・・よっと!」


 槍の雨のようにザクザクと降り注ぐクモの足に邪魔され、なかなか思うようにフェンリを捕らえる足へ向かずにいる。


「仕方ない・・・あんまり乗りたくないんだけどな」


 クモの足の1本、狙いを定め、地面へ突き刺さるタイミングを計る。
 続けざまに振り下ろされる足を何とか避け、彼女は狙いの1本が地面へ刺さると同時に、その足の根元に向かって飛び跳ねた。


「よいしょっ・・・と!!」


 クモの足の根元を掴み、あとは反動でぐるりと回る。
 そのままクモの頭の上に飛び乗ると、獲物を見失ったモンスターたちは忙しなく辺りを動き始めた。


「わっ・・落ちる!」


 滑り落ちそうになりながらも、何とかバランスを保ちつつ、彼女はフェンリを見上げる。
 フェンリを捕らえている足との距離は僅か数十センチ
 自分の脚力なら足場は悪いとはいえ充分に届くだろう。


「よーし!」


 クモの頭ギリギリまで下がり、数歩の助走をつけて飛びあがろうとした・・・その瞬間――
 今まで微動だにしなかったフェンリは、唐突に行動を起こした。




 ―――がぶり!


 まさにそんな音が似合うかの如く、フェンリは自分を捕らえているクモの足に思い切り噛み付いている。


 驚いたのはクモの方である。

 先ほどから動かなくなっていたエモノが突如として、自分を攻撃してきた・・・
 そんなフェンリの不意打ちにクモは甲高い叫び声をあげ、フェンリを捕らえている足を上下左右にぶん回し、振り解こうと必死になっている。
 フェンリ自身、吹き飛ばされてたまるか!とばかりに、毒々しいクモの足に白い歯を立てているが・・・

 体格と力の差は明らかだ。
 激しい動きに、とうとうフェンリはスポンっとクモの足から振り飛ばされた―――


「危ないっ!」


 あまりに唐突な行動に呆然と成り行きを見ていた彼女も、すっ飛ばされたフェンリを捉えクモの頭から尻に向かって走り、そのまま反動をつけて飛び跳ねる。


 ―――そしてそれは、ほぼ同時の事だった。


 吹き飛ばされたままの態勢・・・
 モンスターたちの真上から、フェンリは唱え終わっていた呪文を解き放つ―――・・・

 それは、辺りの大気を凍らせ、モンスターの動きを止める技


「・・・コールドブレス」


 飛び上がった彼女の足元で、モンスターたちが周りの木々と共に凍り付いていく―――

 やがて全ての凍れる息を吐き尽したフェンリは、ケマリの姿に戻りゆっくりと落下する・・・
 空中でそっと小さなケマリを受け止め、彼女は氷の彫刻と化したモンスターの横に着地した。



 ―――吐き出される息は白い・・・
 何が起こったのかもわからないまま、きっとモンスターたちは凍りついたのだろう。
 それでもまだ死んだわけではない。

 手の中で、小さな身体を上下させているケマリ・・・
 寒くないよう手で包み込み、彼女はにっこりと笑う。


「よく、頑張ったよ・・・」


 フェンリは、ただその温かさに包まれ、眠りに落ちていった――――





 透き通った空気―――
 静まり返った森―――

 だが、それもひと時の事。
 長居すれば、また新たなモンスターが低い唸り声を上げて、エモノを狙うだろう。

 手の中で眠ったままのケマリに一度視線を落とし、彼女は誰にでもなく頷く。
 そして、静かに自島へ戻る呪文を唱え初めた―――・・・












 ―――春も間近、広がる夜空の下
 桜の舞い散る島に降り立ち、彼女は木の根にそっとフェンリを降ろす。
 疲れ果てて熟睡しているのか・・・
 フェンリは全く起きる気配を見せない。

 その場にしゃがみこみ、小さく上下するお腹を見つめながら、彼女は軽く微笑む。


「なんかこう・・・プニプニしたくなるんだよね」


 膝を抱え、指を1本ピンッ!と伸ばし、おもむろにフェンリのお腹を押してみる・・・
 ふかふかの羽毛の下、弾力のあるお腹は、指を押し返そうと盛り上がった。


「あ、ハマるかも・・・」


 起きないフェンリに、ここぞとばかり彼女はその弾力を味わう。
 時折つまんでみたり、時折押してみたり・・・

 やがて―――


「・・・あーもう、兄さんうるさいよ!! おいらの睡眠邪魔するなぁっ!」


 突然がばっと飛び起き、叫んだフェンリは目を丸くする。
 一方彼女もその勢いに尻餅をつきながら、青い瞳でフェンリを見上げる。


「・・・あれ? ここ、どこ??」


 悪戯していたのは自分の飼い主だと思ったのに、その視線の先には赤いアメヒグの女性
 見回す辺りは、見慣れぬ場所

 右往左往しながら島を飛び回るフェンリを掴み、彼女は笑った。


「もしかしてキミ。全部忘れちゃった?」
「え? え??」
「あんなに怖い思いしたのに、夢だと思ってるとか?」
「・・・あっ!」


 ぽんっとヒトの姿になったフェンリは、彼女の手から逃れ辺りを警戒するように見回す。


「モンスターは!? 森は!? お姉ちゃん、もしかしてここって天国!?」


 あまりにもとっぱずれて、あまりにも真剣に言うものだから・・・
 彼女はお腹を抱えて笑い出した。


「キミ、面白い事言うね!」


 目元に薄っすら浮かんだ涙を拭いながら、彼女は桜の木の方へ手を伸ばして言う。


「ここは私の島。もちろん天国でもないし、森でもない。キミは生きてるし、私も生きてる。わかった?」
「おいら・・無事だったんだ・・・!」
「キミがモンスターたちを凍らせたんだよ。男らしいところ、あるじゃない」


 彼女の褒め言葉に、照れたように笑い、フェンリは鼻を擦る。


「・・と。そういえば、まだ自己紹介もしてなかったよね」


 思い出したように、ポンっと手を叩き、彼女はフェンリの視線に合わせて少ししゃがむ。


「私はドランク。改めてよろしく!」


 目の前に差し出される彼女の手


「おいらはフェンリ。こちらこそ、よろしく!!」


 小さな腕を伸ばし彼女の手を掴むと、フェンリは満面の笑顔を浮かべた。




 ―――握られた手は温かく、初めての友達に胸が高鳴る

 何のために森へ向かったのか、どうしてモンスターと戦ったのか―――
 あの辛かった思いを、彼女とであった事でどうして拭い去る事が出来たのか―――


「さてと、何か身体動かしたらお腹空いちゃったんだけど・・・キミも何か食べる?」


 島の端っこ
 テントウ虫柄のラジオの裏から、彼女はテントウを取り出し振り返る。
 彼女の手に握られたソレを見て、素直にもフェンリのお腹は小さな音を立てた。

 そういえば島を出てから何も食べずに歩き回っていた気がする・・・
 人一倍食いしん坊なフェンリには、一食抜く事は、モンスターと戦う事より深刻だったりする。


「・・・もらっていいの?」


 きゅるきゅると鳴り続けるお腹を押さえながら、申し訳なさそうにフェンリは上目で彼女を見上げる。


「遠慮はなし。何でも揃ってるから、何がいい?」


 島の上にポンポンと投げ出されていくご飯たち
 フェンリは目を輝かせ、白いフワフワに飛びついた。


「おいらケセパがいい!」
「チビっこい子がチビっこくなるご飯ばかり食べてたら、大きくなれないぞー?」
「それ、兄さんにも言われた・・・」


 不意に飼い主の姿が頭に浮かぶ。
 若干伏せた表情を見せるフェンリを横目に、彼女は手際よく残りのご飯をしまい込むと、ケセパを握り締めるフェンリの前に座った。


「とりあえず話はご飯のあと! お姉さんでよければ聞いてあげるから」
「・・・うん」


 自分に弟がいれば、こんな感じなのだろうか・・・
 はむはむとケセパを齧るフェンリを見つめながら、彼女もテントウを口に放り込んだ―――





 夜明けは遠い―――・・・

 少し肌寒くなってきた空を見上げながら、彼女は桜の木に背を預け座り込む。


「キミもおいで」


 足を広げ、その間をぽんっと叩き、突っ立ったままのフェンリを呼ぶ。
 暗い表情、重い足取りを引きずりながら、フェンリは彼女の足の間にぽすんと納まった。
 そんな小さなフェンリの背中を抱きしめ、彼女はケマリ帽子の上から軽く頭を撫でてやる・・・


「大告白の前に1つ。今日のキミの行動、アレは間違ってる。たとえどんな事があっても、自分の命を粗末にするのは最低なことだよ」
「・・・うん。お姉ちゃんにも迷惑かけて、本当にごめんなさい」


 泣いてはいないらしい。
 だが、フェンリの手は小さく震え、ぐっと握り締められている。


「まぁ、キミにも助けられたし、2人とも何もなかったからそれは良しとして・・・さて本題。どうしてあんな行動に出たのかな?」
「・・・それは―――・・・」


 ゆっくりと顔を上げ、夜空に浮かぶ星を見上げながら・・・
 フェンリは小さく呟いた―――












 ―――暖かな日差し注ぐ、午後の空。ソレは突然姿を現した。


「・・・んー? うわっとぉー!!」


 寝ぼけ眼で、島の上に大の字に寝転んでいたフェンリは、片隅に映った緑の影に飛び起きる。


「何でこういう時にカマキリがくるかなぁ〜・・・」


 我が物顔で島を歩き回っているのは、鮮やかな緑を光らせた1匹の放浪カマキリ
 フェンリに全く興味ないのか、時々腰を動かしては晴れた空を鎌で切り裂く。
 まるで鼻歌まで聞こえてきそうな雰囲気に、その登場で逆に眠りを邪魔されたフェンリは面白くなさそうにヤツを睨む。


「あのさー・・・もうちょっと場所と時間を考えて降りてきてくれないかなー・・・」


 そんなことを言っても、どうせ聞こえないのはわかっている。
 わかっているが、それでもムカつく。


「はぁ〜・・・ったく。ちょいとストレス見させてもらいますよーっと」


 やおら大げさにため息を吐き、さも自分の方が強そうに言い放ち・・・
 短い呪文を唱え、カマキリのステータスを盗み見てフェンリは少し笑顔になった。
 どうやら、前に誰かが少し攻撃したらしい。
 カマキリのストレスは30%を越えていた。


「んー・・・そうねぇ・・・」


 誰にでもなく独り呟き、フェンリは腕を組んで呻く。

 飼い主との約束で、本来ならモンスターが来た時点で追い出さなきゃいけないのだが・・・
 せっかくの眠りを妨げられ、しかも悠然とカマを振るモンスターにさすがのフェンリも甚だしく感じる。


「例えばどうよ。これでおいらがこいつを倒したとする。そーすれば、きっと兄さんもビックリする。で、褒められてお菓子いっぱいもらえる・・・
 ちょっと、ちょっと! 悪くなくなーい!?」


 腕を広げ、鼻を鳴らし、フェンリは満面の笑みを浮かべた。
 相手はまだ去る気配はない。


「そうだよね、0%じゃないんだし、おいらも結構強くなったと思うし・・・これはいけるでしょう!」


 そうと決めれば、いなくなる前に倒すべし!
 焦る気持ちを抑え、フェンリは雷の呪文を唱え始めた―――


 島の住人など気にせず、カマを振り続けるカマキリの背後に立ち、フェンリは唱えていた呪文を解き放つ!
 刹那―――
 金に光る雷は、振り上がったカマをめがけカマキリの身体全体に激しい閃光を瞬かせ―――


「よっしゃー!」


 激しい雷鳴と共に真っ黒に焦げたカマキリは、ようやくそこで動きを止め、己を攻撃してきた小さなケマリを睨む――・・・

 ――不穏な空気

 どうやらお互いに戦闘態勢が整ったらしい。
 鋭いカマを2本振り上げるカマキリに対し、フェンリは軽く緊張感を保ちながら、再び呪文を唱え始めた。

 そして・・・
 悪夢はここから始まる―――・・・






 空気と共にエモノを裂くべく、カマキリは2本のカマを振り回す。
 狭い島、逃げる場所も少なく、次第にフェンリは島の端へと追いやられていく・・・


「うぅー・・・」


 苦しげなうめき声
 まだケガはしていないが、それも時間の問題かもしれない。
 小さな身体を、左右に転がしながら、それでもフェンリは呪文を唱え続ける。


「thunder――!!」


 ――幾度かの雷がカマキリに炸裂し、黄緑の身体は黒味を帯びる。

 すばしっこく逃げ回り、さらに攻撃してくる小さなケマリに、カマキリの怒りも限界に達しているらしい。
 先ほどより攻撃の仕方は荒々しいものの、そのスピードが増してきている。


「・・・もしかして、おいら絶体絶命?」


 ひょいひょいとカマの隙間を縫うように上へ下へと飛び回っているが・・・
 再び覗き見たステータスのストレスを見て、フェンリは更に愕然とする。


「つーかこれだけ当てて、何でまだ50%程度なのよぉー!!」


 グチっても仕方のない事はわかっているし、誰か傍にいるわけでもない。
 カマキリも去る気配を見せないし、体力も限界に近い。


「あーもう・・・やっぱ手を出すもんじゃないよねぇ・・・」


 後悔、すでに遅し。である。
 まぁ、自分ひとり。なんとか頑張れば・・・などと考えながら呪文を唱える。
 だが、次の瞬間・・・フェンリは取り返しのつかぬ悪夢を見た―――



 鈍い音と共に島に降りてきたのは、まだ生まれたばかりのリヴリー
 やっと投石が出来るようになった程度のその子は、運悪くもカマキリとフェンリの間に出現した・・・

「・・・へっ!?」
「きゃあああっっ!!」

 思わず動きを止めるフェンリと、目の前のカマキリに防衛本能で石を投げるその子。
 当然カマキリの狙いは、その子に向けられた―――



 無常にも振り下ろされる2本のカマ
 反応も出来ぬまま、ただその出来事をフェンリは間近で見つめる・・・

 小さな身体が傷を負って宙を舞い、島の端へ吹き飛ばされ・・・落ちる。
 そのままの形、動かない―――・・・


「・・・ぇ?」


 呆然とその場に立ち尽くすフェンリを見向きもせず、カマキリは尚も倒れたままのその子にとどめをさす為、ゆっくりと忍び寄る。

 何が起こったのかわからない。
 何故、あの子はケガをして・・・倒れている?
 そうだ、カマキリ・・・カマキリ!

 ばっ!と見上げた先、カマキリはその鋭い腕を振り上げていた――・・・


「っ・・やめろぉぉぉ!!」


 攻撃をしているヒマなどない。
 ケマリ姿に戻り、全速力をつけフェンリはカマキリの身体へ体当たりする!

 横からの突然の衝撃に態勢を崩したカマキリは荒い息をし、倒れた子を庇うように立つケマリを睨む―――

 臆さず、迷うことなくフェンリは追放の呪文を唱え始めた。
 
 これ以上戦う事はできない。
 これ以上傷つけさせる事もできない。

 カマキリの腕がフェンリめがけて振り上げられたところで、フェンリは呻くように唱えていた呪文を解き放った―――・・・








「ねぇ、大丈夫・・・?」


 地面に横たわったままのその子
 小さく揺り動かすと、僅かに瞼が動いた。


「・・ぁ・・・よかった!!」


 自分とそう変わらない、その子の身体を抱き起こし、フェンリは軽く頬を叩く。


「起きて! ねぇ起きて!!」


 ―――やがて、ゆっくりと開かれる瞳

 目をパチパチと瞬かせ、その子はフェンリを見上げた。


「・・私は、生きてるの?」


 か細く答える声
 どこか呆然としていて、戸惑いの表情を見せている。


「生きて・・っ・・!」


 生きてる。
 はっきりとそう伝えたかったのに・・・

 フェンリは抱き上げた手のひらに感じた温かくも鮮やかな液体に、思わず目を見張った。


「・・・血」


 その子の肩から腕にかけて、その傷は真っ直ぐに走っている。
 とめどなく流れ出るそれは、確実にその子の命を縮めていくだろう。


「止めないと、でも・・どうしよう、おいら治療の方法なんてわからないっ!」


 いつも自分で治療なんかしたことない。
 ケガをすれば、飼い主が消毒して、顔面にぺっと絆創膏を貼ってくれていたから・・・


「ねぇ、落ち着いて。大丈夫、私、そんなに痛くないから」


 ただ血を止めたくて、自分の服の袖を傷口に押し当てるフェンリに、ケガをした当人のその子は、優しげな笑みを浮かべる。


「でもでも! こんなに血が出てっ・・・! おいらのせいで!!」
「・・・アナタは何も悪くないよ。私が戦いの邪魔しちゃったんだから・・・そのせいでアナタは倒せたかもしれないカマキリを逃す事になっちゃった・・・」
「違う! キミのせいなんかじゃないっ!! おいらが戦おうなんて思わなかったら、キミを笑顔で迎えられたのにっ!!」


 そう、飼い主の言いつけを守っていれば・・・
 自分の力を過信して、戦おうなどと思わなければ・・・

 きっと、この子がケガをすることはなかった――――


 口唇をかみ締め、必死で傷口を押さえるフェンリの腕を上げ、その子は自らの足で立ち上がる。


「大丈夫。私は、大丈夫よ」


 ゆっくりと頭を撫でられ、フェンリは肩口を押さえるその子を見上げる。
 柔らかに向けられる微笑は、フェンリの心に重くのしかかり、つぶれそうで仕方ない。


「・・ぁ・・・ごめんなさい・・・おいらっ・・本当にごめんなさい!」


 とめどなく溢れる涙
 その子は優しく拭ってくれた―――


「もう泣かないで。私、自分の島に帰れるし、ちゃんとご主人様に治療してもらうから」


 えぐえぐと泣き続けるフェンリに、小さなハートを一つ飛ばし、その子はフェンリの島を後にした。

 残されたフェンリは一人
 ただ、自分の犯した過ちに涙を流し続ける事しか出来なかった―――










 朝靄紛れた、早朝の頃
 飼い主は部屋の扉を開け、真っ直ぐフェンリの島へと向かう。

 いつもなら部屋に入ってきた時点で、フェンリの騒がしい声が聞こえるというのに―――

 まだ眠っているのか・・・

 不審に思いながらも、飼い主は島を覗いた。
 そこに、確かに小さなケマリの姿はある。


―――フェンリ?」


 ヒトの姿になったまま、背中を丸め、腕をだらりと降ろしたまま
 どこか放心状態で、フェンリは飼い主を見上げた。


「兄さん・・・」


 途端、フェンリのどんぐり眼に大粒の涙が溢れる。

 安心したのか―――
 差し出された飼い主の腕に抱きつき、フェンリは大声をあげて泣いた。







―――・・・落ち着いたか?」


 未だ、軽くしゃくり上げながらも、フェンリは小さく頷く。
 緑の瞳は真っ赤に腫れ、飼い主が来る前から泣いていた事が容易にわかった。


「何があった。話してみろ」


 近くに置いてあったイスを引き、飼い主はフェンリと対峙する。
 自分よりも数倍大きな銀の瞳を見つめながら、フェンリは今までの出来事を隠さず、全て話し始めた―――・・・






―――おいらがいけなかったのはわかってる。戦わなければあの子がケガすることもなかったし、こんな辛い気持ちにもならなかったと思う」


 頭を垂れ、また一筋流れてきた涙を拭いながら、フェンリは来るべき言葉を待つ。
 きっと飼い主は―――・・・


「自業自得だな。反省はしているようだが、何故戦う前にこうなるだろうと予測しなかった?」


 降りてきたのは、予想もしていなかった厳しい声
 思わず目を見開き、フェンリはバッと顔を上げる。


「・・兄・・さん・・・?」
「自島での戦いは禁止だといつも言っている筈だ。それを軽い気持ちで破った挙句、見知らぬ放浪者を傷つけた・・・ その後は手当てもせずに帰し、
 こうやってメソメソと泣いている訳か」
「な・・何それ! おいらだって手当て出来るならやりたかったよ!! でも手当てなんてした事ないし、どうすればいいかわからなかったし!」
「それはお前がいつも自分で何事もやろうとしないからだろう。結局、お前は一人では何も出来ないということだな」


 はき捨てるように言い、飼い主は冷たい視線をフェンリに向ける。

 信じられない思いと共に、言葉の一つ一つが鋭く刺さっていく・・・
 何が何だか、もうわからなくなっていた―――


「じゃ・・じゃあおいらどうすればよかったわけ!? おいらだって戦いたいもん! 自分の力、試したりしたいもん!!
 兄さんは先の事とか予想出来るかもしれないけど、おいらにはわからないもん!!」


 先ほどまでの悲しみの涙とは違う。
 悔しくて悔しくて、手を握り締め飼い主を睨み、フェンリは悲鳴に近い声で叫ぶ。


「・・・だからお前が自島で戦うのはまだ早いんだ。一つ教えてやる。守る戦いならいくらでもやっていい。だが、力試しのような軽い気持ちで
 戦う事だけは絶対にするな!」
「わからないよ・・・守る戦いって何? 兄さんの言っている事、全然わからない!」


 いつも難しいこと言って、むりやり納得させて・・・
 今だってそう。
 言うだけ言って、それ以上は何も教えてくれない・・・


「そうしろって言うなら、もっとちゃんと教えてよ! でなきゃおいらわからないよ!!」
「今のお前に教えてわかるものじゃない」


 ―――結局、教えてくれないんだ・・・


「もういい! 兄さんのわからずや!!」


 小さな身体をめいっぱい膨らまし、フェンリは上から見下ろしている飼い主に怒鳴る。
 いつもは冷静な飼い主の方も、今回はかなり頭にきているらしい。
 眉を顰め、島で飛び跳ねている小さなケマリを冷たい視線をぶつけている。


「結局おいらのことなんて、何もわかってないじゃん! いいよもう・・・こんな島出てってやる!!」


 どれだけ辛い思いをしたか・・・
 どれだけ苦しかったか・・・


 ―――兄さんは、おいらの気持ちなんて全然わかっていない!


 それでも、心のどこかで、止めてくれる言葉を期待している。
 島を出る事を、止めてくれる―――・・・


「・・・勝手にすればいい。どうせ一人では何も出来ないんだからな」
「・・・っ・・」


 ―――胸が痛い・・・

 静かに一度目を閉じたあと、フェンリは精一杯の鋭い視線を飼い主にぶつけた。


「わかった。勝手にするよ!! 兄さんのバカ!!」


 飼い主の次の言葉も待たず、フェンリはランダムの呪文を唱えると、逃げるように自島を後にした――――












―――それで島を出てきちゃったんだ・・・」
「・・・うん」

 ぽとり――落ちた涙は、舞い降りた桜の花びらを濡らす。


「ただ、わかって欲しかっただけなんだ。おいらだって辛かった事、ただ兄さんにわかって欲しかった・・だけなのにっ・・・」


 震える小さな背中を、彼女は抱えるように抱きしめ、草生える地面へ視線を落とす。


―――そうだね。確かにキミは辛かったと思うよ、でも・・・飼い主さんに慰められたら、それでいいのかな。辛かったな、って言われて、
 それでキミは救われるかもしれない。・・・うん。救われるのはキミだけ、だよね」
「・・・どういう、こと?」


 首を捻り、フェンリは自分を抱きしめてくれている彼女の顔を見上げる。
 その視線は合わないけれど、彼女は静かに笑って言葉を続ける。


「キミだけじゃない。みんな辛いってこと。傷ついたその子も、その子の飼い主さんも、そしてキミの飼い主さんもね。それなのに、キミだけ
 甘い言葉をかけられて救われるのって、ズルいと思わない?」
「・・ぁ・・・」
「それにキミは自分の思い通りにならなかったから、飼い主さんの言葉も理解しようとせずに勝手に怒って勝手に出てきちゃったしね。
 さぁ、傷つけてしまったその子に頭を下げるのは誰でしょう?」


 そこで初めて、顔を上げた彼女と視線がぶつかる。
 見透かされる蒼い瞳―――

 答えは出ている。


「・・・兄さん、だ」
「まぁ〜キミの飼い主さんも言葉足りないし、叱るだけ叱るっていうのは悪いと思うけど。キミも自分勝手過ぎたんじゃないかな?」


 視線を伏せ、再びフェンリは前を見据える。

 あの時は何も考えられなくなっていたけど・・・
 彼女の言うとおりなのかもしれない。


「ねぇ、お姉ちゃん。守る力、って・・何だと思う?」


 守るためならいくらでも戦っていい―――・・・

 飼い主は、そう言っていた。
 なら、その守る力とは・・・


「キミはもう守る力、もってるよ」
「・・え?」
「人を守る、自分を守る。守る力は色々あるけど、キミは今日怪物の森で、私を守りキミ自身を守った。自分の力でね!」
「・・・・・・」


 ゆっくりと広げた自分の小さな手
 一人でも出来る、そう証明したかったから攻撃した・・・


「違う、お姉ちゃん。おいらは守るために攻撃したんじゃない! ただ一人ででも戦えるって証明したかったから! おいら・・・」


 その場に立ち上がり、必死な眼差しを彼女に向け・・・
 フェンリは俯く。


「お姉ちゃんはおいらを守ってくれたよね・・・ でも、おいらに人を守る力なんて、ないよ・・・」


 やっとわかったのかもしれない・・・
 本当に、大切なこと―――・・・





―――ねぇ、キミはどうして技を覚えたの?」


 立ち尽くすフェンリの方は見ず、彼女の視線は夜空に浮かぶピンクの花の木を見上げる。

 星よりも鮮やかな桜の花
 時折吹く風に靡き、夜空を桜色に染めていく


「おいら―――・・・」


 搾り出された声に視線を戻す。
 フェンリは、過去を辿るように、ゆっくりと話始めた―――









「おいらがまだ生まれた頃、ちょっとした好奇心でウォーターグリフォンパークに行った事があるんだ・・・」


 ―――ウォーターグリフォンパーク

 今でこそ平和なその場所はかつて、モンスターの中でも一二を争うウォーターグリフォンが住み着いていた。
 力あるリヴリーたちはその場所で鍛え、強くなる者、死んでいく者と生死を分けられていた。
 無論、生まれたばかりのリヴリーが行くような場所ではない。
 目をつけられたら最後、抵抗も虚しく死んでいくだけ・・・


「もちろん、兄さんにはキツく言われてたし、おいらも最初は行く気なかったんだけど」


 いつも混みあうこの場所には絶対に入る事はないと思っていた。


「だからその日も、おいら、いつものようにパークの中でランダムの呪文唱えて遊んでたんだ」


 呪文を放つと共に身体が風に運ばれ、見知らぬパークにポイっと落とされる。


 繰り返し、繰り返し―――

 新しい世界を求めて、パークを彷徨う。
 唱えるたびに変わる世界観は、まだ生まれたばかりのフェンリにとっては全てが新鮮に見えていた。

 そして、何度目かのランダムでフェンリは、その場所へとたどり着く。


―――降りたときから、そこは戦場だった。血の匂い、たくさんの倒れたリヴリー、雷、竜巻・・・何もわからないおいらの目の前に迫る、社長の鋭い口・・・!」


 目を閉じれば、今も思い出すことが出来る。
 身も凍るほどのあの恐怖―――

 自然にぶるりと震える身体を、彼女はそっと支え、フェンリをその場に座らせる。
 顔を上げ、彼女の蒼い瞳を射るように見つめながら、フェンリは更に言葉を続けた。


「正直ね、もうダメ!って思った。蹲って、ぎゅって目を瞑ってたら・・・頭の上から声がしたんだ。"逃げろ!"って」
「助けてくれたんだ」
「うん。一瞬だから、よく覚えてないんだけどね。剣みたいなので社長の攻撃を受け止めて、それから竜巻で吹き飛ばしてた。
 それ見て、すーっごいかっこいいー!って思っちゃってさ!」


 子供の表情はよく変わる、というが・・・
 先ほどまで社長に怯えていたフェンリは、自分を助けてくれたリヴリーのことを思い出し、すごく嬉しそうに笑顔を浮かべている。


「なるほど、それでキミは技を覚えたくなったってわけか」
「おいらの憧れ・・・名前とか聞けなかったのは残念だったけど、いつかおいらもあんな風に強くなりたくてさ!」
「ではここで1つ問題です!」
「・・・ほぇ?」


 目の前にびしっと指を1本立てられ、満面の笑みを浮かべていたフェンリは思わず首を傾げる。


「その、キミの憧れの人が使ったのは、何の力でしょう!」
「何の力って・・・あっ!!」


 紛れも無い。
 彼の使った力こそ―――


「守る、力だ・・・」
「キミが持っていないといった"守る力"は、何よりもキミの目標としてずっと心の中にあったんじゃない? お遊びで力を使って悲劇を引き起こしたのは、
 力を手に入れた喜びで目標を見失ったから。 ・・・キミは、ちゃんと"守る力"を持ってる。この私が言うんだから、自信もちなさい!」


 トンと己の胸を叩きにっこり笑った彼女を前に、フェンリもにっと笑って大きく頷いた。










 夜更けて、随分と時間も経ったのだろう―――
 時折吹く風が冷たく、フェンリは小さく身体を震わせた。


「寒い?」
「うん、ちょっと・・・お姉ちゃんは平気なの?」
「そりゃー鍛えてるからね!」


 うんしょ、とその場に立ち上がり、彼女は大きく伸びをする。


「ん―・・・っと。さて、子供の寝る時間はとっくに過ぎちゃったけど・・・どうする?」
「おいらまだ眠くないよ?」


 フェンリ自身も立ち上がり、空に広がる桜を見上げる・・・
 
 こんなにゆっくりと桜を見た事はなかったかもしれない。
 ふわり、降りてきた花びらは、フェンリのモコモコ帽子にそっと色づけ、甘い香りを運んでくる。

 続けて舞い降りた花びらを今度は手のひらで受け止め、フェンリは彼女を見た。


「ねぇ、お姉ちゃん。おいら、今度はお姉ちゃんのお話聞きたいな。お姉ちゃんは、何で技を覚えたの? 誰かを、守りたかったから?」


 彼女から小さな笑みがこぼれる。
 ただ、今はフェンリの質問には答えず、彼女は短い呪文を解き放つ・・・

 夜空に生まれた明るい炎
 小さな焚き火は、辺りを柔らかく温かい光で包み始めた―――







「えーっと、これがお腹すいた時用のご飯で、これがおやつ。あと、これが飲み物。あとー・・・あ、クッション!」


 どうやら長い夜が、再び始まるらしい。
 彼女は島の端から次々とアイテムを取り出しては、ポンポンとフェンリに向かって投げ渡していく。
 それらを器用に受け取りながら、パチパチと音を立てる焚き火の傍に並べるのがフェンリ。


「まぁこんなもんかな!」


 両手を掃い、並びに並んだアイテムたちを見下ろして、彼女は満足そうに頷く。
 ふわふわクッションの上に座ったフェンリは、すでにクッキーに手を伸ばして頬張っていた。


「ちょっとちょっとー! 食べるの早いよ!!」
「ほへんなはーい!」(ごめんなさーい)


 口の横にクッキーの食べかすをつけたまま、フェンリはにっこり笑顔で悪気なく謝る。


「しょうがない・・・私も食べよっと!」


 ピョンとクッションの上に飛び乗り、彼女も傍に転がっているテントウに手を伸ばす。

 長い夜
 長いお話の前の腹ごしらえは、まだまだ続きそうである―――






「さーて、腹ごしらえも済んだ事だし! お話しよっか」
「うん!!」



 ―――それは過去のお話
 戦いに纏わる思い出のお話



「えっと・・・私が何故技を覚えたか、だよね」
「そうそう。お姉ちゃん、すーっごい強かったからさ。きっと訓練頑張ったんだろうなーって!」


 "すっごい"の部分に力を入れ、フェンリは目を輝かせる。
 焚き火の炎越しに見える彼女は橙色の灯りに照らされ、昼間よりも幻想的な紅さを浮かび上がらせていた―――


「そうだねぇ・・・私がここまで強くなれたのは、兄さんのおかげなのかな・・・」
「お姉ちゃんもお兄さんいるの?」
「うん。それはもう強くて、戦闘に関しては尊敬してるんだけどね・・・」


 小さい頃の記憶は曖昧
 思い出すのは雨、暗闇―――そして、光
 抱き上げられ初めて感じた・・・温かさ


「私がまだオタマだった時から、兄さんは私に全てを教えてくれたの」


 膝を抱え、目の前に揺れる炎を見つめながら、彼女は懐かしそうに微笑む。


「凄い厳しくて、あの時は傷だって絶えなかったんだよ」
「ほぇ〜・・・」
「でも兄さんには感謝してるんだー・・・私の師匠であり、私を育ててくれた人だから」


 満点の星空を見上げ・・・
 彼女は、ふと思う。


「そういえば、兄さん。昔から姿とか変わらないけど・・・いったい何歳なんだろう」
「・・・知らないの!?」
「うん。今考えると、実は凄い謎な人なのかもしれない!」


 蒼い瞳を瞬かせ、彼女はうーんと唸っている。
 逆にフェンリは謎の兄さんにときめいているようだが・・・


「ねぇねぇ、そのお兄さんってどんな人!?」
「えっとねぇ・・・普段は木の下で寝っ転がって、よくテレビとか見てる。戦うところとかもあんまり見ないし・・・」
「ふむふむ」
「あ、でもこの前お裁縫やってたような・・・」


 たまらず腕を組んで彼女はさらに唸り声をあげる。


「・・・何者?」
「身内だけど、わからないかも・・・」
「・・・」
「・・・」


 ――一瞬にして、無音の時が流れる


「・・・まぁ、今度機会があったらキミにも紹介するよ」
「うん。ちょっと楽しみにしてる!」


 何気ない約束
 でもそれは、また彼女と出会えること

 フェンリはにっこりと笑った。





「とまぁ、そんなわけで技を覚えていったの」
「なるほどねぇ〜・・・」


 妙に納得したように、フェンリは何度も頷く。


「つまり今のお姉ちゃんがあるのは、そのお兄さんあってのことなんだね?」
「まぁ・・・そうなるのかな。もともと戦いは嫌いじゃないし、身体動かすのって気持ちいいしね」


 そう言っている間にも、彼女は上半身を左右に動かし身体を解している。
 じっとしているより、動いているほうがいい。というのは、フェンリも同じだろう。
 彼女の言った事に同意するように、フェンリも手をパタパタと動かした。


「・・・ねぇ、お姉ちゃん」
「ん?」


 手を動かしたまま、少しの間を置いて、フェンリは落ち着いた静かな声でいう。


「おいら、どうやって兄さんに謝ろう・・・お姉ちゃんのお話聞いて、おいらがここまで技覚えたり、強くなれたのって、やっぱり兄さんが
 居てくれたからだと思うんだ。なのにおいら、一人で強くなってた気でいた・・・」


 夜の風に通るフェンリの声
 炎の揺らめきを抜け、声は静かに彼女の元へ届けられる。


「今までこんな本気でケンカとかしたことなかったし、その・・謝った事とかあんまりないから、よくわからないんだ。ねぇお姉ちゃん、どうしよう・・・」


 赤く照らされた顔に先ほどの笑顔は消え失せ、フェンリは今にも泣きそうな表情を見せる。
 真剣に考えているからこそ、言葉が浮かんでこない自分がもどかしいのかもしれない。


―――キミは、飼い主さんのこと好き?」
「・・・え?」


 質問の意図もわからず、フェンリは気の抜けた声を出す。


「飼い主さん、好き?」


 もう一度、彼女はフェンリに問いかける。


「えと・・・」


 言葉を濁し俯くフェンリは、答えがわかっているのに吐き出す事を躊躇っている。
 それは、今まで口に出した事もないから―――


―――私はいつでも自分に素直でいたい。自分に嘘吐くことって、嫌だと思わない?」


 彼女の声は、静かに優しくフェンリを導く。
 きっと彼女にも、フェンリの答えがわかっている・・・


「・・・うん。おいら、兄さんの事好きだよ。厳しくて、すぐ怒るけど、それでも兄さんの事、好き」


 どこか照れたように、それでも自信をもってはっきりと。
 フェンリは炎越し――夜風に赤い髪を揺らす彼女の前で、にっこりと笑った。


 きっと大丈夫!
 気取らず、素直に、自分の思いを伝えればいいんだから―――

 彼女は、そう言った。
 それが人に心を伝える、一番の近道だから・・・と。











 いつの間にか眠ってしまったフェンリの傍に新たな薪をくべ、彼女は立ち上がり空を仰ぎ見る。
 柔らかな風と共に、桜の花びらは舞い落ちるが・・・
 その風も、今はどことなく湿り気を帯びている。


―――雨?」


 無意識に身体が震える。
 何故、こんなにも恐れるのか―――

 目を閉じた瞬間、蘇る暗闇
 叫んでも・・・泣き叫んでも逃れられない・・・!


「・・・っ・・」


 逸る心臓を押し潰し、彼女は深く息を吐く。


 ―――大丈夫、大丈夫だから・・・


 目を閉じたまま、再び明るくなりかけた空を仰ぎ見る。


 ―――そう、光は見えたのだから・・・


「キミにもきっと光は見えるよ。光が見えた時、ヒトは強くなれるんだから・・・キミもきっと強くなれる」


 パチパチと音を立てる炎に包まれながら安らかに眠るフェンリを見つめ、彼女は静かに呟く。
 雨の気配と共に、空は朝を迎えようとしていた――――













「お世話になりました!」


 朝、うす曇の中目が覚めたフェンリは、しっかりと彼女から朝ごはん代わりのケセパをいただき、お腹はぽこんと膨らんでいる。


「今回、本当にお姉ちゃんにはお世話になったし・・・ねぇ、また遊びにきてもいい?」


 おねだりに近い視線を彼女に向け、フェンリは彼女の返事を待つ。
 悪意のない笑みは、時として最強とも言うが・・・
 まさに今のフェンリの期待に満ちた笑顔は、それに当たるだろう。


「・・・よし。じゃあ、いつでも来ていい代わりに1つ条件!」


 目の前にびしっと出された1本の指
 きょとんとした表情で、フェンリは彼女を見上げた。


「ここへ来る時は、必ずテントウを持ってくること!」
「持ってきたら遊びに来てもいいの!?」
「もちろん!」
「きゃー!!」


 その言葉に、思わず手の見えない長い袖を振り回し、フェンリはピョコピョコと飛び跳ねた。


「さっ! もうすぐ雨が来るよ。キミは早く島に帰りな。・・・飼い主さんだって、きっと心配してるだろうからね!」
「・・・うん!」


 くるりんぽん!と空中回転でケマリ姿に戻り、短い羽をパタパタと動かす。


「お姉ちゃん大好き!」


 去り際に唱えられたハートの魔法は、彼女の手元にふよふよ届きぽんっと小さく膨らんで消えた―――――












 一人、静かになった島で彼女は桜の木を背に佇む。
 朝靄を裂き、目に見えぬほどの霧雨は、やがて大粒となって島に降り注いだ―――

 大きく息を吐き、今日は何故かいつもより落ち着いている心に、自然と笑みがこぼれる。


「キミの元気、少しもらっちゃったのかも・・・」


 呟いた言葉も水と共に流れ、桜の花びらはピンクの川を作り出す。
 彼女が何度目かの止みそうにもない空を見上げた時、その声は木を挟んだ真後ろから聞こえた―――


―――今日はいくらか元気みてぇだな」
「・・・っ!?」


 一体いつの間に来たのだろうか・・・
 腕を組み、同じように木に背を預けている彼は、視線だけを彼女に向ける。
 オレンジ色のサングラスの奥――どこか優しい目が彼女を捕らえた。


「兄さん・・なんで・・・」


 彼の方へ身体をむけ呆然と佇む彼女と向き合い、彼は彼女の頭越しに空を見上げた。


「雨降ってんだろ? ま〜た泣いてるんじゃねぇかと思ってな」
「なっ・・! 何それぇ! 私がいつ泣いたよ!!」


 蒼く鋭い視線を向けても、彼は笑ったまま子供扱いさながらに頭を軽く叩いてくる。


「まっ、今日は大丈夫そうだが・・・少し震えてんぞ」


 何もかも見透かされているのだ・・・この兄には
 自分でも気付かない、些細な事でさえ・・・


「意地張ってねぇで、チビはチビらしくたまには甘えればいんだよ」
「甘える・・・って、そんなことより! 兄さんの大切な人、待ってるんじゃないの? こんな所にいないで早く行ってあげなよ。私は大丈・・・っ!」


 大丈夫、そう言おうとした言葉の前に吹き付けた風は雨を運び、木を通り抜けて身体に打ち付ける。
 思わず詰まりかけた息―――だが、感じたのはあの時の光だった。

 頭を引き寄せられ、胸へと預けられる。
 あやす様に片手で抱き込んで、そっと触れてくれる温かさ


「強がんなって・・・」


 頭の上から聞こえてくる兄の声―――


「それになぁ? 俺にとってはお前も大切なものの一つ。放ってはおけねぇってことだ」


 心が落ち着いていく―――・・・
 怖さもない、安心できる場所―――


―――ありがと、兄さん・・・」


 彼女は静かに、微笑んだ――――・・・













 島を渡れば、雨は晴れる―――

 どうやら、自島近くで雨の気配はないらしい。
 朝の透き通った空気の中、顔を覗かせた太陽は、眩しいほどに辺りを照らしていた。



「こんなに朝早いものね。兄さん、まだいないよね。うん、兄さんのいない間に言葉考えればいいよね」


 様々な木々の聳える島を通り抜けながら、フェンリは自分を納得させながら羽を動かす。
 自島はもう、すぐそこまで見えていた――――








「・・・よっと!」


 1日ぶりの見慣れた自島
 その姿はフェンリが出て行く前と変わっておらず、マイショップの看板もひっそりと佇んでいる。

 ぐぅーっと伸びをして上を見上げたフェンリは、見慣れた頭を見つけ思わず目を見開いた。


―――兄さん?」


 銀色の髪は机に伏されその表情は読み取れないが、動かないところを見るとどうやら眠っているらしい。
 今までにフェンリの前で眠っている飼い主の姿を見た事はない・・・
 きっと一晩中、自分の帰りを待っていたのだろう―――


「兄さん! 兄さん!!」


 身体をできる限り飼い主の近くに寄せ、フェンリはめいっぱい叫ぶ。
 その声はどこか切羽詰っていて、別にこのまま飼い主と別れてしまうわけでもないのに、何故か必死で―――


「起きてよぅ! ねぇ兄さん!!」


 ―――何度目かの呼びかけ
 微かに髪が揺れ、飼い主は静かに銀の瞳をフェンリへと向けた。


「ぁ・・兄さん!!」
―――フェンリ?」


 寝起きの重い身体を起こし、飼い主は覗きこむようにその小さな姿を見つめる。


「帰って・・きたのか・・・」


 そっと伸ばされた手の上に飛び乗り、フェンリは満面の笑みを浮かべた。


「兄さん、心配かけて・・・ごめんなさい。おいら、島を飛び出してから凄く色々なこと勉強した。兄さんの言った事、少しだけどわかったような気もする。
 それでそれでっ! おいら、確信したことがあるんだ!!」


 勢いよくまくし立て手の上で跳ねるケマリに、飼い主はただ静かに耳を貸す。


「あのね、あのね! おいらやっぱり・・・兄さんの事好き! おいらの帰る場所ってココしかないと思った!」
―――そうか」


 フェンリは確かに色々と学んできたらしい。
 ふわふわのケマリ帽子を潰さぬよう指の先で撫で、飼い主は安心したように微笑んだ。


「本当に・・・本当にごめんなさい。でも、これからもご支援・ご指導のほど、宜しくお願いします!」
「・・・お前が我儘を言わなければ、な」


 島の上に降ろされ、飼い主はどこからかクッキーを1つ持ってくる。
 これが仲直りの印

 大きな大きなクッキーを大切そうに抱えたまま、フェンリの冒険話は続く―――





―――兄さん、おいらね。今回、とてもいい出会いをしたんだ・・・お姉ちゃん、とても強くてカッコよくて、ちゃんと守る力もってるんだ。
 おいらもお姉ちゃんみたいになりたいなぁ・・・」


 フェンリの脳裏に浮かぶ彼女の笑顔
 勇気と優しさ、そして強さをくれた大切な人


「きっと彼女は、辛い事や苦しい事をたくさん乗り切ってきたんじゃないか? 人は心が強くなれば、自然と力も強くなる・・・
 お前も心を強くすれば、彼女のようになれるだろうな」
「まーた難しいこと言う〜! ・・・でも、心かぁ。心、心、ココロ・・・うぅー」


 頭を抱え、唸り声を上げるフェンリ
 飼い主からの新たな課題で、すでに頭がいっぱいらしい。


「・・・お前にはまだ早かったかな?」


 小さく呟き、飼い主はそっと部屋を後にした――――




fin.










以前に日記の方で連載していた、フェンリのシリアス話です。
ほんの少し、話の流れが繋がるように加筆修正致しました。

そして、この小説!
恐れ多くもフェンリだけではなく、私の大好きな絵師さんであるペコさんのお子様
ドランクちゃんまでお借りしてしまったという・・・
あ、彼女だけじゃなく、そのお兄さんまでも!

よく考えると、何と図々しいことをしてしまったのか・・・!
あ、愛は存分に詰めました・・・!!

気付けば、全部で21回だったかな?
これほどの長さになっているとは思わなかったです。
読んで下さった方も、ご苦労さまでした。

最後に、ペコさん、本当にありがとうございました。



2006/05/14 静稀




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