+ちょっとした恐怖+



「ヴィーオルー!!」


 それはとある日の夜の出来事
 何となく訪れたヴィオルの島で、フェンリはユーラ以上に怖ろしい人物を目にすることになる―――




「・・・なんだ、いないのかぁ〜」


 特に用事があるわけでもなかったフェンリは、ヴィオルの島に当人がいないことを確認すると
 ちょっとがっかりしたものの、追跡をしようとはしない


「ま、そのうち帰ってくるよね」


 誰にでもなくそう呟きフェンリはヒトになると、ヴィオルの島に寝転がった

 遠くにはGLL城の影
 空には満点の星

 心地いい風に吹かれながら、フェンリは次第に襲ってきた眠気に身を任せていた


「ふわあぁぁ〜・・・」


 自然と目が閉じ、フェンリはすぅすぅと寝息をたて始める
 お気に入りの帽子も外れ、滅多に見ることのできないフェンリのツンとした髪が風に少しなびいていた
 身体を大の字にしながらも熟睡している姿は、いつものやんちゃぶりとは違い、どこか可愛らしく見えたりする






 そして――――
 フェンリは、その存在に気付かないほど寝込んでいた


「・・・あれ? 島間違えたか・・・?」


 その黒い影は、そぅっとフェンリに近づく
 気持ちよさそうに寝ているケマリを見下ろしうっすらと口元を歪めると、ボロボロの包帯が巻かれた右手が
 フェンリの首筋を掴んだ―――――


 首筋に何とも言えない、悪寒にも近い冷たいものが走り、フェンリはがばっと飛び起きる
 周りを見回すが、ヴィオルが帰ってきたわけでもないし、誰かがいる気配も感じない
 ビクつきながら、フェンリはそっと首筋に手をやるが、特におかしい様子もない


「・・・な、なんか・・・すごく怖かった・・・」


 上ずる声をなんとか押さえながら、フェンリはその場に立ち上がる
 眠気など一切吹っ飛んでしまっていた


「また・・後でこよっと」


 ヴィオルには悪いが、何故かとにかくここに居たくなくて、フェンリはケマリに戻ろうと呪文を唱える

 ―――その瞬間

 いきなり首筋に再び冷たいものが走り、呪文どころではなく、フェンリは叫んだ


「ぎぃぁぁああああーーーーーーーーー!!」
「・・・うるせぇ」


 そのあまりの声の大きさに、さすがの影もフェンリから2歩3歩と離れる
 ばっとフェンリが振り向いた先には、見知らぬ人物が立っていた

 濃紺の髪は若干長く、黒い紐で結ばれている
 そして後ろ髪とほぼ同じ長さをもった前髪は、左は切られているものの右は長いまま
 そのため右目は見えず、やたらと赤く見える左目は、ヴィオルよりも鋭かった

 それよりも右手に巻かれた包帯同様、黒いボロボロの上着は、着ているというより布を巻きつけているに近く、
 切れ間から見える素肌は月に照らされて青白く光っていた


「だ・・だだだだ・・・だれ!?」
「あぁ?」


 思い切り睨まれ、フェンリはその場にビシッと固まる
 夜の闇に紛れるほど真っ黒な、影のような男は固まっているフェンリを掴みあげると、自分の目線に合わせて口の端をあげた


「俺はヴィネガ。ヴォルグのヴィネガ様だ。覚えとけよ、ガキんちょ」


 フェンリが頷くよりも早く、ヴィネガは掴んでいた手を離す
 ボスンと落ちたフェンリは尻餅をついたまま、ヴィネガを見上げた


「ほ・・放浪中??」
「いーや。俺は、ここのヤツに用事があったんだが・・・」


 まだビクついているフェンリに、ヴィネガはや〜れやれ、と嘆息すると、今度はフェンリの視線にあわせてしゃがみこむ
 手を伸ばすヴィネガに思わずフェンリは目を瞑る


「そんな怖がんな。誰も取って食ったりしねぇーからよ」


 その手はフェンリの帽子をポンポンと叩いていた

 そっと目を開き、フェンリはヴィネガをもう一度見る


「だって・・・だって手とか冷たかったし!!」
「あぁ。悪ぃな・・・俺、低血圧だからよ」
「キバとか、ツメとか長いし!」
「そう言われてもな・・・ 長い方が、牙は食事をするのに便利だし、ツメは食材を採るのにラクだ」
「じゃあ目が赤いのは? 寝不足なの!?」
「そうくるか」


 喉の奥でかみ殺したように低く笑うヴィネガ
 楽しそうに口元を歪め


「そうかもな・・・」


 と、呟いた


「そ・・それじゃあ・・・」
「もうそれ以上は聞かないほうがいいと思うぞ。フェンリ」


 フェンリの言葉を遮って後ろから聞こえてきた、聞きなれた声にフェンリは振り返って笑顔になる


「ヴィオル!」


 一見して疲れているように見えるヴィオルに、フェンリは走り寄るとそのまま抱きついた
 小さなフェンリの背中を抱きながら、ヴィオルは目の前に口の端をあげ笑っているヴィネガを見た


「よう」
「・・・何の用だ。お前の方から来るなんて珍しい」
「ちょっと用事があったんだよ」


 ツカツカと歩いてくるヴィネガに、再びフェンリは身体を強張らせる
 その様子に気付いて、ヴィオルは軽くため息を吐いた


「フェンリに何かしたのか?」
「いーや? 別に何もしてねぇーよなぁ〜ガキ」
「うぇっ!? あ・・えっ!?」


 間近で見下ろされてフェンリは言葉を詰まらせる
 その視線が否と言わせない


「・・・その行為だけでも何かしたと言えるぞ」


 ヴィネガは喉の奥でククク・・と笑っている


「それより、用事って―――


 ヴィオルが尋ねた瞬間だった

 ――ヴォンと鈍い音が島に響くと、上から一匹のジョロウグモが降ってきた

 一瞬にして島に緊張が走る


「・・・モンスターか」
「あ〜ったく、何でこんな時に降ってくるかぁ?」
「た・・戦うの!?」


 ヴィオルが透視の呪文を唱え、クモのストレスを見る


「何パーセントだ?」
「ほぅ・・・95だな。どうする?」
「95なら3人いれば何とかなるよね!」
「・・・迷っているヒマはなさそうだけどな」


 ヴィネガが言い終わるが早いか、クモはこちらに気付くとその禍々しい8本の足を動かし始めた
 『ギィーッ』と低い唸り声のような音が聞こえる


「フェンリは後ろから雷を。ヴィネっ・・と。おい!」
「てめぇはそのガキでも守ってな。まぁ〜守る必要もねぇーけどな」


 スタスタとモンスターに歩み寄るヴィネガ
 フェンリがいなければ、すぐにでも取り押さえるのだが・・・
 さすがにヴィオルはフェンリの傍から離れる事ができない


「軽くぶっ殺してやるよ」


 殺気に気付いたクモが長い前足をヴィネガに向かって突き立てる
 それを軽く左手で押さえながら、ヴィネガはクモの口の中に自らの腕を突っ込んだ


「じゃーな」


 腕を引きちぎろうとするクモを前に、少し早くヴィネガは呪文を唱え終わると力強く言葉を発した

 ――刹那
 蒼い光がクモの内部で爆発し、激しい音と共にその身体は崩れ落ちた

 引き抜いた包帯の巻かれた右腕は、クモの歯で傷つき血が流れている


「・・・て・・てててててて・・・・けけけ・・けが・・して・・・・・」


 壮絶だが一瞬にして終わった戦いを目にして、フェンリはその場にへたり込んでいた


「あぁ? こんなのケガのうちにも入らねぇーよ」


 鬱陶しそうに流れる血を舐め採りながら、ヴィネガはニヤリと笑う


「相変わらずな戦い方だな。自分を犠牲にするのもいい加減にしろ」


 一方、呆れているヴィオルに視線を合わせると、またヴィネガは低く笑った


「そうは言ってもなぁ〜・・・ほら、俺ってマゾだから」
「どこがだ・・・」


 きちんとクモの下からddを取り、ヴィネガはブルブルと震えているフェンリに100dd落とす


「こずかいだ。持って帰りな」


 壊れた人形のようにコクコクと大げさに頷くフェンリ
 それでもしっかりともらったddを帽子の中にしまっている


「つーかよぅ。いい加減、そんなにビクつかれると・・・やりづれぇんだけど」
「それはお前が悪い」
「ふーん・・・」


 よいしょっとヴィネガはフェンリの前でしゃがむと、そっとフェンリの耳元で呟く


「お前もかる〜く燃やしてやろうか?」
「・・・きぃやぁぁああああああああーーーーーーーーー!!!」


 叫び声とともにフェンリはそのままケマリへ戻ると、一目散に飛び去っていった
 止める間もなくいなくなったフェンリを見て、さすがのヴィネガも苦笑いする


「やっちまったかな」
「・・・あとでフェンリに謝れよ」
「へーいへい」









―ユエ―

 小さな身体全体を使ってゼハゼハと息をするフェンリに、同居中の黄ムシクイが不思議そうな顔をする


「はぁはぁ・・・あぁー怖かった!」


 思い出しただけでも身震いする
 というより、思い出したくなくても思い出してしまうのだが――――


「とにかく! 早く寝よう。うん、寝よう! 今は寝るしかない! 寝るぞフェンリ!」


 その場にゴロンと転がり、フェンリは身を縮めながら眠りについた


 まさにこの日、フェンリはユーラより怖い存在を知ったのでした







長かったー!(たぶん
というわけで、ちょっとしたお題シリーズ第4段
『怖い』をお届け致しましたー

そして、初登場ヴィネガ様!
いいキャラしてるよねぇ〜・・・この方。
かなり楽しかったです。
そしてカッコよかったです。
文中で、ヴィネガ様は「M」とか言ってるけど、絶対この人「S」ですから。

ちなみにヴィネガ様がモンを倒す時に発した呪文は、雷ですね。
上から落とすのではなく、手から放つということにしてみました。

さてさて、そんな怖ろしいヴィネガ様
吸血鬼と噂されていますが・・・真意はどうなんでしょうね。
一応、条件的なものはそろってますよね
・肌の冷たさ
・目が赤い
・ツメが長い
・牙が長い

ヴィネガ様自身も、ツメと牙に対するフェンリの質問で・・・
「牙は食事をするのに便利だし、ツメは食材を採るのにラクだ」と言っていますが
それはつまり、牙=首筋に刺し込むのに便利 ツメ=肌を傷つけさせ血を流させるのに便利
食材・食事=血液・・・あっはっは

以上。終わります。
ありがとうございました・・・(書き逃げ


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