+ちょっとした初めまして+





「はじめまして! わたし、コキュっていうの。よろしくね」


 歌い疲れてゴロゴロと転がっていたフェンリの島、ユエに一人の少女が舞い降りた
 茶色のフワフワとした髪は、島に吹く弱い風になびいて柔らかく揺れる
 くりっとした可愛い瞳にも惹かれるのだが、首元に巻かれた薄いピンクのマフラーも、何だかとても印象的だった


「いらっしゃい。おいらはフェンリ! こちらこそよろしくぅ〜」


 ガバっと起き上がり、フェンリは満面の笑みを浮かべる


「女の子のお客様って久しぶりだから、なんか緊張しちゃうなぁ〜・・・あ、座って座って!」


 立ったままのコキュの細い手を引いて、フェンリは彼女を座らせる
 まぁ、粗茶でも・・・と、どこから出したのかフェンリはお茶とクッキーを差し出した


「あ。お気遣いなく・・・ありがとう」
「いーえー ねぇねぇ、コキュってユンクだよね?」
「えぇ。そうよ」


 にこりと柔らかな笑みを浮かべるコキュの耳は、小さな羽を広げてヒラヒラしている


「おいらさぁ〜・・・このユンクさんの耳にいっつも憧れてたんだよねぇ〜」
「・・・これに?」
「そそ。おいらの羽ってさぁ・・・ほら、ツンツンしててちょっと硬いでしょ? ユンクさんの羽ってヒラヒラしてて、すぅごい柔らかそうなんだもん!」
「わたしはケマリも可愛いと思うけどな」
「ホント!?」


 うん、と頷く彼女を見て、フェンリはえへへへ〜と照れ笑いをした
 その時、島に置いてあった時計が、ある時刻を告げる


「・・っと。ヤバ! もうこんな時間か」
「用事があるの?」
「うん。友達にご飯を届けなきゃいけないんだ。時間遅れると恐いんだもん・・・」


 フェンリの脳裏にこちらを見下ろすユーラとヴィオルの姿が浮かび上がる


「それじゃあ、わたしもそろそろ失礼しようかな」
「あ、じゃあさ。一緒に行こうよ! 時間あるなら・・・ね?」
「いいの?」
「もっちろん! えと、初めにヴィオルの島だから・・・フウル島ね! おいらを追跡してもいいよ」


 そういって、ポンっとケマリに戻るとフェンリは呪文を唱え始める
 コキュもユンクに戻り、追跡の呪文を唱えた

 行くよ!とコキュに目で合図を送り、フェンリは呪文を解き放つ
 フェンリの姿が見えなくなると同時に、コキュも呪文を解き放った













「ヴィオル〜」


 空中に突如現われたケマリを見上げたヴィオルは、その後ろについてくるピンクのユンクに目を細めた


「フェンリ。彼女は?」
「友達! 放浪でおいらの島に来てくれたんだ」


 いつものように前方三回転でヒトになると、しゅたっとヴィオルの島に着地する


「フェンリくん、すごい・・・」


 感嘆の声をあげながら、コキュもその場でヒトに変わる


「はじめまして。コキュと申しま・・・す」
「あぁ。はじめまして、ヴィオルだ」


 島に降り立ったコキュは、改めヴィオルを見て唖然とする
 小さな少年フェンリの友人は、正直フェンリと同じ子供だと思っていたが・・・

 ぼーっとヴィオルを見ているコキュを見て、フェンリは何を思ったかヴィオルに言う


「ちょっとヴィオル。あんまり威圧しないでよぉ? コキュ固まっちゃったじゃん!」
「いや・・別に威圧しているつもりはないが・・・ コキュ、だっけ。そんなに緊張しないでいいから」
「あ、いえ、そういうわけじゃなくて。フェンリくんの友達だから、フェンリくんと同じくらいの歳の子かなと思ってて・・・」
「そっか。おいら、単にヴィオルの島に行くとしか言わなかったもんな」


 ぽん!と手を打ってなにやら納得しているフェンリに、ヴィオルはやれやれとため息を吐く


「それより、フェンリ。メシだせ」
「はいはーい。パキケフーズから買ってきた一押しのご飯だよぉ〜」


 フェンリのモコモコ帽子から落とされた物を見て、一瞬ヴィオルは怪訝そうな顔を見せる


「これが、一押しなのか?」
「うん。何でもこれには大量の栄養が含まれてて、1つ食べれば満腹になるんだって」
「・・・変わった形の物を売り出したもんだな」


 ひょいと摘みあげ、ヴィオルはソレを口の中に入れた


「ふむ・・・フェンリの言う事はあながち間違えではないらしい」
「お腹いっぱい?」
「かなりな」


 感謝の意を込めて、ヴィオルはポンポンとフェンリのケマリ帽を叩く
 そんな二人の様子を見ていたコキュが、ポツリと言葉を漏らした


「なんか・・・年離れているのに、仲がいいんですね」
「まぁ〜ね。ヴィオルはおいらにとって、いい兄ちゃんって感じだし!」
「ほぅ。そう思っていたとは・・・感心だな」
「いいなぁ〜・・・わたしもお兄ちゃんが欲しい。って、なに言ってるんだろう」


 言って恥ずかしかったのか、顔を背けて俯くコキュにヴィオルはそっと近づくと、軽く頭を撫でた


「何かあったらいつでも相談に乗るよ。俺でよければ・・・だけどな」
「え? あ・・ありがとう!」


 クリクリの瞳を輝かせて見上げてくるコキュに、ヴィオルは優しく微笑んだ


「ちょっとーヴィオルさーん。女の子口説かないでくださーい」


 後ろからフェンリの面白がった声が聞こえてくる


「フェンリ。こういうのは口説くとは言わない。大体、口説くなんて言葉をどこで覚えたんだ」
「ん? ユーラがね、女の子に優しい言葉をかけるのは口説いてることだって言ってた」
「・・・ユーラか」


 あいつは・・・と呟くヴィオルに、コキュは軽く首を傾げる


「あの・・ユーラって・・・?」
「あぁ、ユーラは――
「ああー!! ユーラのとこ行かなきゃ怒られる!! コキュ早く! 一緒に行こう!!」


 ダダダっと走りこんでコキュの腕を取ると、フェンリはにっこりと笑う
 そのままポンとケマリに戻って、すでに呪文を唱え始めるフェンリ
 コキュも慌ててユンクに戻る


「あ、えと、お邪魔しました〜」
「またおいで」


 ペコリとお辞儀をし、コキュはすでに行ってしまったフェンリを急いで追いかけた













「ゆらゆら〜」


 島に着いた途端、甘いバラの香りに包まれ、フェンリは一瞬方向感覚を失いかける
 斜めに落ちかけたケマリを手で受け止め、ユーラは丸いクッションの上に座らせた


「思い切り吸い込むからですよ。大丈夫ですか?」
「うーん・・・甘い・・・・」


 頭を軽く左右に振ってフェンリなりに匂いを飛ばすと、その場でポンとヒトに変わる


「そだ、ユラ。今日はね、友達連れてきたんだよ」
「友達・・・ですか?」


 辺りを見回すが、それらしいリヴはいない


「どこに――


 言いかけた時、お空から一匹のユンクが降りてきた


「フェンリくん、早いよぉ!」
「あ、ごめんごめ〜ん」


 ぽふん、とヒトに変わってバラの島に降り立ったコキュは、瞬時に包まれる甘い香りに感嘆の声をもらす


「綺麗・・・」


 島の上から降り落ちる桜の花びらも、とても美しかった
 そして―――


「あ、はじめ・・まして・・・・」


 島の住人ユーラを見つけ、島以上に綺麗な彼に息を呑む


「はじめまして。ユーラと申します」
「わたし、コキュです!」


 柔らかな微笑みを浮かべるユーラに、コキュは慌ててペコりと頭を下げた

 世の中にはこんな綺麗な女の人もいるのだなぁ・・・
 そう思いかけたコキュを、フェンリは見透かしたように笑う


「コキュ、ユーラは男だかんね」
「・・えぇ!?」


 がばっと顔を起こしてじぃーっと見つめる彼女に対して、ユーラはにっこりと笑っている


「ユーラって髪長いし、綺麗だし、初めて見る人はみんな女の人と勘違いするんだよ。おいらも始めてみた時、女の人だと思ったし」
「本当に・・男の人・・・?」
「えぇ。れっきとした男ですよ」


 そういって笑うユーラは、やはり女性に見えて仕方ない
 まぁ言われれば女性にしては少し声が低いように感じるが・・・


「・・フェンリくんの友達って、全然想像できない人たちだね」
「そぅ? おいらには2人とも、だ〜いすきな友達だよ!」


 バラの香りに慣れたのか、フェンリはその場に立ち上がるとユーラの傍へ近寄る


「ユラ。新しいご飯が手に入ったんだけど、どうする?」
「あぁ・・私はどうもアレは、形色共に気に入らないので。いつものようにリラックス効果のあるものをくれますか?」
「やっぱりねぇ〜ユーラはコレだけは食べないと思った」


 モソモソと帽子からご飯を取り出し、フェンリはユーラに手渡す
 手渡さないと、このご飯は上へ上へと逃げてしまうから


「お嬢さんがいる前で、すいませんね」
「あ、いえ。気にしないでください」


 慌てて手を振るコキュに1つ笑みを残し、ユーラはご飯を口に運ぶ
 満腹度を確認し・・・残った1匹をフェンリに返した


「あれ? ユーラもうお腹いっぱい?」
「そうみたいです。意外とお腹張るものなんですね」
「ユラが少食なんだよぉ〜」
「フェンリと違って成長期は終わりましたから」
「てかぁ、それ以上成長されたら首が疲れるよ」


 ただでさえ小さいフェンリはユーラを見上げながら、帽子に残った1匹をしまった


「さて、食事も終わりましたし、改めてお客様をもてなしましょうか」
「あ、いえ、お気になさらず―――
「ユラ〜 おいら、お茶とクッキーね」


 コキュの声を遮り、見えない手をばたつかせてフェンリは騒ぐ
 まるで自分が客だーとばかりの態度に、ユーラはにーっこりと笑った


「ご飯の配達ごくろうさまでした。また明日お願いしますね」
「・・・へ?」


 フェンリが彼の言葉の意図に気付いた時には、すでに呪文は完成していた


「ユ・・ユーラのばかあぁぁ――――・・・」


 島から追い出されたフェンリは、お空のかなたに消える
 残されたコキュは、ただ呆然と立ち尽くしていた


「お恥ずかしいところをお見せしました」
「えっと、あの・・・ユーラさん。フェンリくんに対してはいつもあんな・・・?」
「そう・・・ですねぇ。大抵フェンリがおバカな事を言って追い出される、と。ある意味、習慣になっていますね」
「そんな・・・習慣って可哀相じゃないですか! フェンリくんはまだ子供なんですよ!?」


 どこか気に障ったのか、大きな瞳を見開きながら、コキュはユーラを見据えて怒鳴った


「確かにフェンリくんは、ちょっと楽天的で落ち着きないところあるけど。それは子供特有だし、クッキーのおねだりで島追い出すのはひどいです!」


 呆気にとられたのはユーラ
 今までたくさんのリヴたちと出会ってきたが、自分を怒鳴る子は初めてのような気がする
 ヴィオルやフェンリから言わせれば、勇気がある・・・の一言だが

 そんな真剣に怒る彼女を見て、彼にしては珍しく声をあげて笑った


「貴女はとても面白い子ですね」
「面白いって・・・わたしは真剣に言ってるんですよ!?」
「わかってます。でも、まだ出逢ったばかりのフェンリに対し、ここまで真剣に怒って下さるのですから・・・貴女は優しいですね」


 今度は逆にふわりとした優しい笑みを浮かべられ、コキュは声を詰まらせて顔をそらす


「と・・とにかく、わたしはユーラさんの対応には納得できません!」
「なら、今後は貴女がフェンリを助けてあげてください。私から・・・ね?」
「それって・・・」
「今度、きちんとした時間をとって、貴女の歓迎会を開きましょうね」


 そっと髪を撫でられ見下ろされる視線に、先ほどの怒りはどこへ消えたのか、彼の雰囲気に飲み込まれる気がした


「し・・失礼します!」


 挨拶もそこそこ、逃げるようにコキュはユーラの島をあとにする
 そのまま向かったのは、何故か自分の島ではなく、フェンリの島だった―――







「フェンリくん!」
「あー! コキュちゃん、ホントごめんねぇ〜 すぐ戻ろうとしたんだけど、兄さんに呼び止められちゃってさ」


 何か頼まれごとをしたのか、フェンリの後ろにはたくさんのご飯が積まれていた


「ユーラにヘンなことされなかった?」
「えっ? あ〜・・・うん、大丈夫よ」


 視線を泳がせ顔を赤らめるコキュの様子に、フェンリは軽く眉を顰めるが・・・


「まぁ、ユーラがヘンなことするわけないか。意地悪だけど優しいし」
「優しい? 島追い出されたのに?」
「あれはいつものことだし。ユーラは時々、すっごい優しいんだよ。面倒見もいいしねぇ〜」
「そう、なんだ・・・」
「コキュちゃんはどう感じた??」


 何故か興味津々のフェンリを前に、コキュはもう一度ユーラを思い浮かべて軽く頷く


「独特でつかめない人・・・かな」
「・・・なるほど。もっと仲良くなればわかるかもねぇ〜」


 先ほどよりもフェンリの笑顔が増したような気がするが・・・
 と、空から優雅な線を描きながら、紙飛行機がフェンリの帽子に着地する


「あ、ユラからだ。『今度、コキュの歓迎会を開きますので、ヴィオルはプレゼント、フェンリはお菓子持参でくるように』だってさ」
「ほ・・本当に開いてくれるんだ、歓迎会!」
「そりゃ〜・・・友達だからね!」


 よっしゃー!用意するぞー!!と島を飛び回るフェンリを見ながら、コキュはにっこりと笑った





ちょっとしたお題シリーズ第6段でした。
果てしなく中途半端に終わった気がします・・・
きっと気のせいじゃないですね。
しかもいつも以上に、長いですね・・・
これも気のせいじゃないです。

えーとここから、コキュとフェンリ・ユーラ・ヴィオルのお話が始まるのです。
コキュの飼い主、蓮月からのご要望で、ヴィオルはお兄さん的存在に・・・
フェンリは、わたしが守る的存在に・・・
ユーラは、儚い恋心的存在に、それぞれやってみました。
実際、ユーラに対しては、まだ恋をしたというよりは、不思議な人で、少し惹かれた
という感じでしょうか。

これから彼ら3人と、もっと近づいて、彼らの事をよく知り
そして、色々な感情を抱くようになるのだと思います。
今回はテーマが「はじめまして」だったので、ちょっと他人行儀な感じになってしました。
この雰囲気がコキュの本当の雰囲気ではないです。
まーこれからは追々、切なげなテーマの度に、コキュとユーラの話を書ければいいなーと思います。

それにしても、本当に私は、女性を書くのがヘタだなぁ・・・
男勝りで活発な女性を書くとは得意なんですが、女の子!という子を書くのがヘタです。
精進ですね!

以上、『はじめまして』でした。
蓮月さん、これからもコキュは借ります・・・



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