注意

日記に載せていたプチ小説をまとめたものです。
なので、中途半端に終わっているものがほとんどです。
あと、書き方なども見直していませんので・・・
所詮は日記小説、と思ってご覧ください。



+ユーラ&ヴィオル主体+




 温かな日の下、眠りについていたユーラは、ふと目覚める。
 数回の瞬きの後、身を起こしたところで、胸の上にのっていた開いたままの本がパサリと落ちた。

 どこか気だるさを引きずった状態で本を拾うと、それを木の葉のベッドの上に放り投げ、そして空を見上げた。

 どこまでも澄んだ青空――――・・・
 ユーラは確信していた。


―――・・・きっと、彼がくる」


 呟いた言葉は、そのまま青空に吸い込まれて消える。
 乱れた髪を直し、ユーラはおもむろにお茶の用意をし始めた。

 いつもフェンリたちに煎れているのは紅茶
 でも、今日は違う。
 彼が好きなのは、コレだから・・・

 綺麗な花の絵が描かれた缶を手に取り、中の茶葉をポットへ入れる。
 お湯を注げば、独特の香りが広がるのだ。


 ユーラは再び空を見上げる。
 この空の果て、彼も見つめているのだろうか・・・

 来訪が待ち遠しい。
 カップにおもてなしのお茶を注ぎながら、ユーラはどこか楽しそうに微笑んだ――――


(2006.03.03)

―――――――――――――――――



「どうしてこんな物を持ってきたのかわからない」


 彼はどこか困り果てて、地面に鳥籠を置く。


「閉じ込めておきたかったんですか?」


 太陽の光にも反射しない、くすんだ銀の鳥籠
 視線をソレに移し、軽く笑う。


「・・・俺は意外と独占欲が強いのかもしれないな」


 自嘲気味に、けれど照れたように彼は言う。


「アナタに独占されるなら、別に構いませんけどね・・・」


 久しぶりに彼の前で元の姿に戻り、さらにその姿を縮小する。
 そしてそのまま、自らの足で檻の中へと入ってみた。


「籠の鳥って、こういう気分なんですね」


 軽くジャンプし、止まり木に止まって彼を見上げる。


「このまま飼って下さいますか?」
「・・・本気か?」


 彼は籠を静かに持ち上げ、私の視線は彼と合う。
 無言でただ迷いを感じている彼に、首を傾げて微笑みかけた。


「アナタの望むままに―――――・・・」


 籠の隙間から入り込む彼の指は、優しく胸の羽毛を撫で上げた――――――


(2006.03.09)

―――――――――――――――――



 無意識に伸ばした手―――――
 何か見えないものに縋るよう、宙を描いて空を掴む。
 切なげに吐き出される声は、知らぬ間に彼を求める。


――――っ・・・」


 引き寄せられる身体
 彼の髪が腕に触れ、求めていたものを与えられた気がする。
 白く輝く髪に手を差し入れ、もっと距離を縮めたくて胸に抱く。

 悪戯に滑る口唇は、ゆっくりと肌を撫で
 震える声に、熱さを感じる。

 ただ静かに、凛とした声もなく
 互いの吐息だけが戯れて空へ消えゆく

 あとはただ、この身を任せ
 望むままに求めればいい―――――・・・


(2006.03.17)

―――――――――――――――――



―――アナタは、"憧れるもの"をどう捉えますか?」


 唐突な彼の言葉
 思わず首を傾げて、彼を見る。


「憧れ?」
「えぇ。憧れのものって、凄くドキドキしませんか? 触れてみたい、間近で見てみたい・・・そんな高揚感、ありません?」
「まぁ・・・確かにな」


 手に入らないからこそ憧れ、そしてそれを望む。
 人間、誰しも持つ一般的な感情


「手に入れてみたい。けれど、私は手に入らない方がいいと思っているんです」
「・・・何故?」
「憧れの物を目の前にして、感動したこともあるでしょうが、逆にがっかりしたことも多いでしょう? 憧れは遠ければ遠いほど、いつまでも夢をくれ、そして形が壊れる事もない」


 綺麗なまま、裏切られる事もないままに・・・


「俺は、手が届くのなら手を伸ばした方がいい。確かに壊れてしまうかもしれないが、手を伸ばす事によって真実を知る事ができる。他から色付けられた憧れよりも、自ら確かめたつまらない物の方が価値があがると思わないか?」


 真実、嘘偽りなく、ありのままの姿を晒す・・・


「・・・本当は、どちらがいいんでしょうね」
「答えはない。人それぞれ、意志をもってそれを選ぶからな」
「私は、アナタに触れて良かったと思いますよ」


 柔らかに微笑み、彼は腕を伸ばして、俺の頬に触れる。


「・・・そうだな。他からの噂に固められたお前の虚像より、触れる事でわかった本当のお前の方が、何倍も良いものに思える」
「憧れは虚像・・・壊さなければ、真実を得られない。それでも人は、虚像に憧れる」


 そのまま彼の腕は背中に回される。
 胸に静かに顔を寄せ、彼は小さく呟いた。


「アナタは真実・・・虚像のように消えないでくださいね」


 消えるはずなどない―――――
 触れる温もりこそ、真実なのだから―――――


(2006.04.05)

―――――――――――――――――



 ―――静かな島
 ヒトは誰も訪れない

 片手に白の仮面を掲げ、視線は地を撫でる

 もう二度と手にする事はないと思っていたが・・・
 未だ、捨て去る事が出来ぬ、弱い己も存在する。

 過去など忘れてしまえば、どれほどラクだろう。
 しかし、その過去がなければ出逢えなかった者もいる。

 何が必要で、何が不必要なモノなのか・・・

 仮面を身に付け、木を背後に視線を塞ぐ。

 蘇るのは、荒れ果てた時間
 それは鮮明で、色さえも艶やかに光を放つ。

 ヒトの救いを断ち切り、ヒトに救いを求める己は、どこか矛盾していて滑稽だった。

 再び視線を放ち、口元に緩い笑みを浮かべる。

 過去は決して悪いものではない。
 今を生きるための、基盤と痕跡だから――――


(2006.04.18)

―――――――――――――――――



 風 吹き荒み
 雨 流るる

 薄紫の髪を揺れ
 碧の瞳に空を映す

 輝き 薄れること知らず
 世に蔓延る 夢を抱く

 白き偽物
 殺される感情

 繋がれた腕
 安らぎすら忘れるほどに

 真実と幻想
 信じる者と信じられる想い

 残された物は何なのか
 手に残る物は本物か

 答えを知るはただ一人
 繋がれた腕を紡ぐ者のみ




「この十字架は?」


 素肌の胸の上で揺れる、銀の十字架
 立体的で大きく、されどシンプル過ぎる飾り


「別に何かを信仰しているわけではないのですけどね・・・」


 引きちぎろうと思えば、たぶん迷いなく引きちぎる事も出来る。
 付けている意味は、実のところ本当に何もない。


「きっと人は・・・無意識のうちに何かを求めてしまうのかもしれませんね」
「それは、神か? それとも人か?」


 甘い口付けが十字架の上に落とされる。
 それはとても神聖な儀式のようで・・・


「求めるものは常に変わる・・・神は信じません」
「何故?」


 問う金の瞳に僅かに微笑かける。
 今求めているものは、神ではなくアナタだから・・・


「神は時に、恐ろしいほど残酷ですから―――――


 胸の上を十字架が滑り落ちて行く




 神でさえも、阻む事の出来ない事が無数にある・・・
 だからこそ縋るものは神ではない。

 縋るものは紡ぐもの
 存在を与えてくれるもの


「神よりも今は、アナタが欲しい――――・・・」


(2006.05.04)

―――――――――――――――――



「たぶんアナタはわかっているはずだ。僕に何の力もない事を・・・」


 薄暗いどこかの地下室
 外は雨が降っているのだろうか―――
 岩の隙間から水が滴り、頬を濡らしていく。

 鎖に繋がれた腕に力はなく、身体すら動かせないほどにぐったりとしていて。
 顔も俯いたまま、目の前の男を睨む事すら出来ない。


「それでもアナタが僕に捕まった理由・・・それは、力が全てではない事を表している」


 まるで一人芝居のように、大げさに腕を広げては、抑揚のない柔らかな声で彼は呟く。

 室内は、顔を背けるほど甘い匂いが充満していた――――・・・




「僕はずっとアナタが欲しかったんだ。とても美しくて、とても強くて・・・僕の憧れだった・・・」


 昔を思い描いているのだろう。
 うっとりとした目で彼は微笑み、そっとこちらへ近づいてくる。
 冷たい足音だけが響き渡り、それもやがて目の前で止まった。


「聞いてる? あぁ、顔を上げる力もないんだね・・・ それでもアナタは美しいよ・・・」


 湿った手のひらが頬に触れ、無理やりに顔を起こされる。
 虚ろな視界に映った、薄水色の髪の男


「僕の薬はとてもよく効くでしょう? どんなに力のある奴でも、攻撃をする前に力を奪ってしまえば、何の意味もないんだよ」


 男の、もう片方の手が髪に触れ、結んでいた紐が解かれる。
 パサリと乾いた音を立て、流れ落ちた薄紫の髪を一房取り、彼はそっと口付けた。


「アナタを逃しはしない・・・アナタは僕の物なんだよ、ユーラ様・・・」


 ゆっくり・・・
 ゆっくりと口唇が重ねられ、彼は静かに笑った。

 もう、拒絶する力さえも残っていない―――――・・・


(2006.05.15)

―――――――――――――――――



 真っ白な記憶
 浮かび上がった真っ赤な夢

 人の声 悲鳴 逃げ惑う足音

 無表情

 感情無く

 切り刻んでいく




「・・・この街の駆除、終了致しました」


 領主の下、殺す事を躊躇わず、むしろそれを歓喜として取る雑兵
 薄紫の長い髪を揺らす、真っ白な仮面のソレに頭を下げて平然と言う。


「長の首は取りましたか? 潰さず、領主の下へ届けるのです」
「かしこまりました。只今確認し、保存の処理に入ります」
「それと、この街は焼き払いなさい。周りの国にLNCに逆らうとどうなるか・・・いい見せしめになるでしょう」
「はっ・・・!」


 走り去った男の後姿を、仮面の下から、ただ虚ろに見つめる。
 辺りの血臭など気にせず、ソレは薄柔らかな笑みを浮かべると、走り去った男とは逆方向にゆっくりと歩き出した。


 長い髪が揺れ、風がそれを後ろへ流す。


 残虐な言葉を何の糸目もなく言う事が出来るのは、何かが欠け落ちているから
 そして、それを補うものがないから

 しばらくして、背後で大きな爆音が耳を劈(つんざ)いた。
 あちこちで上がる火の手
 物言わぬ街は、あと数時間で全てを失う――――――





「・・・何が楽しいのかしらね。人を殺すのって・・・」


 ―――――それは不意に真横から聞こえてきた。


「自分は傷つける方だからわからないの。痛さが、何も」
「・・・まだ、生きている方がいらっしゃったのですね」


 翡翠色のドレスを着た、深緑の髪の女性
 肩からドレスと同じ色のショールを羽織り、長い髪を輝く銀の髪留めで上に留めている。
 そして、見開かれた瞳は引きこまれるほど蒼く美しい


「生きてる? えぇ、生きてるわよ」


 どこか虚ろで、定めることのない彼女を、どうしてかなかなか捕らえる事ができない。


「貴女は、この街の住人ではない。何者ですか?」
「・・・どうしてここの住人じゃないとわかるの?」
「貴女の雰囲気が、風のようだから・・・」


 するりと抜いた剣
 彼女の表情は変わらない。

 きっと、何も見えていないから・・・


「私も殺す? でも、私は死なない。まだ、死ねないから」
「・・・そうですね。私には貴女を殺す事は出来ないでしょうね」


 そう呟きながらも、剣とは別、腰に刺していた投げナイフを彼女に放つ。

 しかし、それはまさしく風のように―――――
 ふわりと優しく、ナイフはショールに包みこまれ、勢いを失う。

 地面に刺さったナイフに見向きもせず、彼女は射るような視線を外さない。


「やはり、貴女は風だ」
「風ならば、また逢う事が出来るわ。留まる事を知らないから・・・」


 深々と頭を下げ、彼女は堂々と炎煙る街の中へ向かって歩き出す。
 足首に付けられた銀の鈴輪が、軽やかな音を立て消えていく――――


 彼女の言うように、きっと再び逢う事が出来るだろう。
 何故か、そんな予感がする・・・

 炎の中に消えた彼女の影から視線を外し、街の外へ足を向ける。
 鮮やかな青空は、真っ赤な夕闇に染まりかけていた――――


(2006.05.20)

―――――――――――――――――



 静かな室内に、乾いたピアノの透き通る音が響き渡る
 弾いているのは薄紫の髪の男
 真っ白に無垢な仮面を付け、どこを見定めているかわからぬ瞳で指を滑らせる

 決して綺麗な曲ではない
 物静かな表面と正反対のような、激しく情熱的な音楽
 力強く流れては、それは誰もいない室内へ静かに消えて行く

 何を考えているのか
 何を思っているのか

 外は、戦いの幕が切って落とされようとしていた――――





「こんなところにいたのか。仮にも一国の騎士軍をまとめる長が、戦争前に優雅にピアノを弾いているヒマがあるのか?」


 生み出された音が不意に止む
 何の感情もなくその場に立ち上がり、声のする方へと視線を向け、彼は頭を下げた。


「領主様・・・申し訳ありません。感情を高ぶらせるために、戦いの前にピアノを弾いておりました」


 吐き出される言葉にすら感情を伴わない。
 仮面の隙間から見える碧の瞳は、僅かに歪められている。


「ふむ・・・今の曲は何だ。随分と激しい曲のようだが・・・」


 齢(よわい)にして、大体50近いだろうか・・・
 黒髭を自慢とする、気の強そうな下卑た男が興味深そうに顎をしゃくった。


「今の曲でございますか? 今の曲は、熱情の最終章・・・かの有名な3大ソナタの1つでございます。まさにこれからの戦いにおいて士気をあげるに相応しい曲かと・・・」
「なるほど、熱情か・・・どうりでなかなか激しい曲であった。3大と言う事は、他に2種類あるのだな?」


 普段、ピアノなどに耳すら貸さないのに、今日は珍しい。
 気分のいい事でもあったのだろうか、と疑いたくなる。


「・・・他に、悲愴と月光の2種類がございます。よろしければお弾き致しますが?」
「いや結構。作られたピアノの音より、お前の声の方が数倍にも良い」


 浮かび上がった笑みに代わりはなく、身体を震わす嫌らしさを感じる。
 仕える領主とはいえ、普段身体を任せているだけに嫌悪が走って仕方がない。


「・・・ありがとうございます」


 深々と頭を下げても、心の中で吐き気がこみ上げてくる。
 汚らわしい・・・何もかも・・・


「では、私はそろそろ・・・戦いの準備がございますので、失礼致します」


 足を踏み出すたびに揺れる長い髪を翻し、入り口に立つ領主のすぐ脇を通り過ぎて数歩
 僅か、斜め後ろから声が聞こえた。


「決して傷つくな。そして決して死ぬな。お前は私の物だ・・・わかるな?」


 振り向いた先、射るような視線を向けられる。

 絶対君主
 逃れることの出来ない蜘蛛の糸

 その言葉に頷く事しか残されていない。


「ユーラ・・・私の最高の所有物よ。私に忠誠を誓え、今ここで」


 差し出された腕
 求めているものはわかっている。
 
 白き無垢の仮面を外し、その場に跪く。
 あとは、宝石の付いた指をそっと両手で持ち上げるだけ


「貴方に忠誠を。ナクレイ様―――・・・」


 ゆっくりと触れる口唇
 見上げた先では、満足そうに彼は笑っている。


「お前はまさに我が女神だ。美しく、気高く、そして強さをもつ・・・一生を私に捧げよ、さすれば望む物をいくらでも与えよう」
「・・・もったいないお言葉でございます」


 一番に望む物は決して与えられないだろう。
 金、地位、そんなものはいらない。

 望むのは自由、解放
 常に狙う、お前の首―――


「それでは、そろそろ失礼致します」


 再び真っ白な仮面を付け、部屋を後にする。


 この戦いで私を信じる者が現われるのなら――――・・・


 戦いはすぐそこで始まろうとしていた――――


(2006.05.27)

―――――――――――――――――



この世界は、2つの大きな国が存在している。

1つは、その人望と民を愛する心でリヴを惹きつけたGLL国
城主オオムシチョウの元には、今も尚行き場を失ったリヴリーたちが集まってくる。

反して、その絶対的な武力と支配力で自国の領土を広げたLNC国
領主ラウル治めるこの国は、この世界を我が手にするべく、息を潜めている。

そしてまさに今、LNCの宣戦布告を受け、GLLを中心とした辺りの小国と大戦争が始まろうとしていた――――



LNC上層地区

真っ暗な夜空に向かって無機質なビルが建ち並び、作られた鮮やかなネオンを発している。
辺りは昼のように明るく、すでに深夜を回る時間だというのに、大通りに人は絶えない。

原色さながらの派手な色を身につけ、笑い声をあげながら歩くリヴリーたち
何の不自由もなく暮らし、戦争が起こる事さえ他人事のように鼻で笑う。

戦争へ行く兵士など、下層民から強制的に集めればいい。
LNCが負けるはずがない。

口々にそう言いながら、今を楽しむべく夜の街を闊歩する。
その足元深くに、下層民の住む地区があるというのに・・・
彼等は気にもせずに、歩いて行く――――


LNC下層地区

古びた家
壊れた屋根
月は愚か、太陽の光さえも上層地区に奪われ、人工的な灯りの下、人々は細々と暮らしている。
辺りを囲う鉄の塀に阻まれ、この国から逃げる事さえも許されない。
ただ一つ、外と繋がる扉の前にも兵士が番を成し、逆らえばその場で殺される。

食べ物も手に入らず、風が巻きあげていく砂埃にまみれながら、上層地区より命じられた強制労働で食いつなぐ。
医者もいない、食べ物も少ない、逃げられない。
人は、死を待ち望むだけ・・・

盗み、殺しなど日常のこと。
身体を売って稼ぐヤツ等もいる。
時には、手に入った質の悪い薬物に手を出すヤツも・・・

ほぼ無法地帯に近い、下層地区。
今は戦争に怯えている――――





「失礼します・・・」


 姿がほとんど見えぬほど、広く何もない謁見の間
 真っ白に磨き上げられた大理石の柱が、今しがた頭を下げた仮面の男をはっきりと映し出す。

 乾いた靴音が鳴り響き、数十メートル
 辺りと同じく真っ白な玉座に肩肘をついて座っている領主に、彼は静かに跪いた。


「GLLに未だ動きはありません。身を潜めているか、それともこちらの動きを伺っているか・・・どちらにせよ、こちらから攻めた方が早いかもしれません」


 まともに聞いているのか、目を瞑ったまま身動きすらしない領主を前に、彼は淡々と報告を続ける。
 反応を示さない事など、もうすでにわかっているから・・・


―――以上で報告を・・・」
「・・・ユーラ」


 今日もいつもの通り、ただ単調に述べてはまた頭を下げて去るだけと思っていたが。
 顔をあげると、口を歪めた領主の射るような視線が目を突いた。


「はい。何でしょうか」
「相手が動かずとも、いつ攻め込まれるかわからない。外と繋がる扉の前に防衛線を築け」
「防衛線・・・ですか? しかし場所の都合上、そこまで堅固なものは張れません。無駄に兵を使うくらいなら必要ないのでは?」


 下層民の密集するあの場所では、どうせ大した防衛線も張れない。
 攻め込まれない自信があるからこそ、この国はそうした。

 しかし―――――・・・


「場所がないなら、場所を作れ。簡単なことだ」


 領主の口から出た言葉は、思いもよらぬ言葉
 この言葉が意味するのはつまり・・・


「下層民を殺せ、ということですか?」
「丁度いい機会じゃないか。煩い虫どもの駆除は前から考えていた事。周りを攻める前に身辺整理をしたほうがいい」


 喉の奥から低い笑いが漏れてくる。
 心底楽しそうに、領主は口元を歪めて笑う。

 それでも、この男に逆らう事はできない――――


「・・・かしこまりました。すぐに兵を手配し、防衛線を築きます」


 戦争が始まれば、きっと多くの民が死ぬだろう。
 だがその前に、自国の領主の手によって、戦争より先に命が奪われる。


 そういう世界に、そういう国に生まれてしまったのだから仕方がない。


 そうやって誤魔化す自分が、酷く愚かで弱く思えた――――


(2006.06.17)

―――――――――――――――――



 それが何を意味するのかは、誰もわからない。
 誰も知らない。誰も・・・誰も・・・・・・

 そう、自分自身でさえも―――――





「どうして見ず知らずの人を、自分の命を捨ててまで庇うことが出来るのですか?」
「当たり前じゃない。私は生きているんだもの」



 ―――――言葉の意味はわからない。


 真っ赤に染まった血溜まりに白い身を埋めて、薄っすら開いたままの蒼いガラス玉は無機質な空を見つめている。


 ―――――生きている、そう言った瞬間に死んだのに。
 ―――――死ぬ事すらわかっていただろうに。


 もうその身体は動かない。口元から流れる血ですら、いずれその鮮やかさを失っていくだろう。


 ―――――何故生きているからと言い切れたのか。
 ―――――答えはもう永遠に返って来ない。


「何もかも、全てが無意味なんですよ。生きる事も、死ぬ事も・・・・愚かな事でしかない」


 それでも彼女に向けられた冷ややかな瞳は、僅かに歪められ静かに閉じられた――――――


(2006.07.16)

―――――――――――――――――
Since 2006.03−2006.07