注意

日記に載せていたプチ小説をまとめたものです。
なので、中途半端に終わっているものがほとんどです。
あと、書き方なども見直していませんので・・・
所詮は日記小説、と思ってご覧ください。



+ヴィネガ主体+




「ふあぁ〜あ・・・・」


 ヴィオルの横で、口を手で覆う事もせず思い切り伸びをしながら欠伸をしているのは、昔の戦友ヴィネガ
 あの頃に比べて覇気もなく、平和ボケの顔をしているのは今に始まった事ではないが・・・


「なんつーかよぅ・・・強い刺激もなく、毎日がのーんびりと過ぎていくと思わねぇ?」


 この世界にきて、ある刺激といえば、時々降りてくるモンスターだけ。
 まぁ、自分から望んで戦いに行こうと思えば、怪奇な呻きで眠らぬ森もあることにはあるが。


「そんなにヒマなら、腕慣らしに怪物の森でも行って来たらどうだ?」
「怪物の森ねぇ・・・」


 3月限定の桃の花の木に寄りかかりながら、ヴィネガは興味なさそうに答える。


「別にモンスターと戦いたいわけじゃねぇんだよ。毎日が刺激無さすぎっつーかさぁ」
「モンスターと戦う以外で、お前が刺激を得られるものなど無い気もするが?」
「そっ。そうなんだよ! つーわけで、戦闘訓練だ!」
「遠慮する」


 即答で拒否され、返す言葉もなく、ヴィネガは恨めしそうにヴィオルを見つめた。


「・・・あの頃はよぅ、毎日が死ぬか生きるかの戦闘で刺激ありすぎだったよな・・・」
「あぁ。確かにな」


 ヴィネガの方は見ず、ヴィオルは剣を抜くと手入れを始める。
 そんな彼の後姿をぼーっと見ながら、さらに独り言のような思い出話は続いた。


「他のヤツ等、何やってんだろな・・・お前がユーラと手を組んでから状況は一変しやがったし・・・あの戦い以来、誰も見かけねぇ」
「別に俺が何かしたわけじゃない。単にユーラが自国を裏切っただけだ」
「お前のために、だろ? ちっ・・・」


 ヴィオルの表情は変わらないが、何故かヴィネガは面白くなさそうに彼から顔を背ける。


「また逢いてぇな・・・特にアイツに」


 ポソリと呟かれた言葉に、ヴィオルは手を止め、彼を見る。


「・・・アイツって?」
「アイツだよ、あーいーつ! これ持ってたヤツ!」


 そう言ってヴィネガが投げて寄こしたのは、一本のナイフだった―――――


(2006.03.02)

――――――――――――――――――



 カルニが求めたのは、飽くなき旅路

 耳のふわふわを整え、しっぽをピンっと引っ張って

 先の見えない道を歩く

 カルニが求めたのは、消えない絆

 コロンとこけたカルニに手を差し伸べてくれた

 あの温かい存在

 カルニが求めたのは、本当の姿

 時にモコモコ、時にヒト

 自分の真実はどっちなのか

 カルニが求めたのは、安らぐ場所

 長い旅路の果てに、ようやく見つけた

 我が身安らぐ、カテラの島


(2006.03.14)

――――――――――――――――――



―――おやすみですか?」


 不意に頭上から降り注ぐ声
 気配もなく近づき、ヤツは目を見開く俺を悠然と見下ろしていた。


「・・・てめぇ」


 ゆっくり、荒立っている獣を刺激させない時のように。
 その場へ立ち上がり、柔らかな風に長い髪を揺らす彼を逆に見下ろした。


「そんなに恐い顔をしないで下さい。もう昔とは違うのですから・・・」

 口調優しく、微笑みを浮かべた彼――ユーラは、緊張した面持ちを崩さない俺に静かに語りかける。


 どこかふわりと甘く、人を魅了する笑みは変わらない。
 その顔と容貌に騙されて、どれほどの者が犠牲になったことか・・・


―――何の用だ。お前が求めているのはヴィオルだけじゃないのか?」


 視線に絡め捕られぬよう、逃げるように視線を外し、ヘタすれば震えそうになる腕を必死に押さえる。
 失くしたはずの右目が、痛いほど疼いた――――


「どうしてそんなに怯えるのですか? 私は少しも貴方を傷つけようとは思っていない」
「んなのわかってるさ。殺気なんて少しも感じねぇ・・・だがなぁ、逆にそれが恐ぇんだよ」


 ―――何よりも、その強さを知っているから・・・


 押し黙る俺から視線を外し、ユーラはどこか憂いを帯びた瞳で空を見上げる。
 虚ろな・・・意志を宿していない瞳―――

 不自然に感じ、逆に視線を合わせた時、声は静かに発せられた。


―――人は皆、私を恐がります。仮面を外した時から、人は私を認識し、そして恐れる。当たり前のように、手を血で染めていたから・・・」
「人を殺す事が、当たり前だったんじゃ・・・ないのか?」


 戦いを楽しみ、薄紫の髪を紅に染め、柔らかな笑みを浮かべたまま、剣を振るっていたのでは・・・?


「逃れたかった世界、手を掴んだのは彼。私は救われる、血に浸かった日々から―――


 ユーラは空から視線を戻し、澄んだ緑の瞳で俺を見据え――笑った。


―――貴方も私を信じてくれますか?」


 差し出された手
 脳裏に甦るヴィオルの言葉


「信じ・・る・・・」


 喉が焼け、息が詰まる―――――




 ―――無意識だった。

 彼の腕を払いのけ、熱いほどざわめく血を抑えきれずに、その場へ蹲る。

 ―――血が・・血が・・・・・

 伸びた爪は島の土をかきむしり、開かれた口は喘いだまま乾いた空気を呑み込んでいく。
 飢えた紅い瞳、覚醒が起こる・・・・!


「俺に・・触れるな・・・! お前が求めているのは俺ではない!!」
「やはり私を救えるのはヴィオルだけ・・・貴方は自我を抑えすぎた」


 どうしてこうも降り注ぐ声は光のように優しく響くのだろうか―――


「・・・あぁそうさ。俺はアイツを失ってから、ずっと自分を殺してきた。アイツに出逢わなければ俺もお前と同じように、血に塗れた存在だったのかもしれねぇな・・・」


 荒い息も治まりかけている。
 そっと髪に触れた温かさを最後に、俺は静かに目を閉じた―――――


(2006.04.03)

――――――――――――――――――



―――いきなり呼び出したと思ったら、身辺整理か?」
「あぁ。もーそろそろ、この世界からおさらばしてもいいと思ってな」
「また新しい世界へ行くのか・・・」
「だってよ。つまんねぇーんだよ、平和すぎて・・・ジャンルがちげぇ」


 簡易なヒモで括られた小さな荷物
 肩の上に放り投げ、ヴィネガは立ちあがった。


「じゃーな。またどこかで逢おうぜ、相棒」
―――死ぬなよ」


 何故、こんな言葉が出てきたのかわからない。
 だからヤツも笑った。


「俺がそう簡単にくたばるか。お前こそ、平和ボケし過ぎて寝首かかれるなよ!」


 ひらひらと振られた手
 振り返りもせず、ヴィネガの姿は空へ掻き消えた。

 取り残された主のいない島で、ヴィオルは一人佇んでいる。
 

 きっともうすぐ自分もこの世界から消えるのだろう―――


 無意識に求めている戦いへの本能に、ヴィオルは自嘲気味に笑うと静かに島を後にした――――


(2006.04.04)

――――――――――――――――――



 ――――あの時、全てを失った。


 弟子という立場だったけれど、とても大好きだった友人
 目の前が赤く染まる中、キミは代わりに犠牲になった。




 何故、攻撃をしなかった――――


 ――――ソイツも、誰かに愛されているかもしれないと思ったから


 何故、助けられなかった――――


 ――――愚か過ぎた。何もかも・・・



 自分自身を殺したくても殺せない。
 彼が残してくれた命は殺せない。




 それでも繋がれた咎の鎖が切れる事もない




 だから破壊した。
 全て・・全てを・・・粉々に――――



 キミと、キミの思い出と、そして自分自身を・・・
 過去を殺して、真意を殺して、感情も、何もかも、逃れるように殺して・・・



 なのに、どうしてだろう・・・
 一人の時、目を閉じると蘇ってくる。

 消したはずなのに、殺したはずなのに・・・!!


 涙が零れるのは、何故だろう――――





―――アル」


 背後、不意に聞こえてきた声に振り返る。
 濃紺の髪を揺らす一匹のヴォルグは、夜に映える赤い瞳をこちらに向けていた。


「ヴィン・・・!」


 走り寄ると、そのまま強く抱きしめられる。



 彼の腕の中、ねぇ、笑えてる・・・?



 顔を上げると、静かにキスが降りてくる。



 ねぇ、笑えてるよね・・・?



 口唇を離した先、彼の声が耳元で聞こえた。



「一人で全てを背負い込むな。俺がいる・・・俺は消えない・・・」




 あぁ、そうか。
 全てわかってるんだね・・・




「当たり前だよ。消えたりしたら、絶対許さないからね・・・」




 だから、安心出来るんだ――――――


(2006.04.25)

――――――――――――――――――



 気分、そこそこ。
 天候はまぁ悪くない。

 あとは、アイツのご機嫌次第だが、アイツから呼んだのだ。
 それほど心配する事もないだろうが――――




―――アル・・お前、また姿変えたのか!?」


 数日ぶりに降りたった、所謂愛する人の島
 別段、ずーっと離れていたわけではないのだが・・・


「別にいいじゃん。姿変えるのは、アンドレの勝手だよ」


 唖然とする俺に対し、彼は屈託のない笑顔を浮かべる。

 ハナマキだったり、ミミマキだったり、ワタメだったりしていたが、今はクンパになっているらしい。
 特徴的なピンクの角が彼の耳の辺りから垂直に立っていた。


「まぁ、別にお前がお前なら、姿は何でもいいんだけどよぉ・・・」


 それでも突然姿が変わっていたりすると、やっぱりビビるのだ。
 島、間違えてないか・・・とか、よく似た別人じゃないか・・・とか。

 そんな俺の気持ちも知らず呼び出した当人は、俺に背を向け島の隅でごそごそと何かを漁っている。
 時折鼻歌が聞こえるところを見ると、よほど機嫌がよろしいようだが・・・


「・・・何か企んでないよな?」

 それが逆に恐かったりもしたりする・・・
 ちなみに、今の言葉も笑顔で流された―――・・・


 ――――見える背中は俺に比べて全然小さいのに、どうしてオーラはこう大きいんだろうねぇ・・・


 思っても、さすがに口に出す勇気はないが・・・


 このまま後ろから襲ってやろうか、とも考えていた時、彼は急に振り返り立ち上がった。


「あった!」
「・・・あった?」


 ぎゅっと握られた右手
 中に何が入っているのかわからないが、手の中に納まる程度のものらしい。
 島の中央に立ち尽くす俺の前まで歩み寄ると、彼はそのまま握った右手を差し出した。


「ヴィンにあげようと思ってね。手、広げて」
「広げてって・・・ヘンなもんじゃねぇだろうなぁ?」


 素直に広げて、何かあったんじゃあ洒落にならん。


「ひどいなぁ〜 アンドレがヘンなものあげるわけないじゃん」


 いや、その笑顔がな・・・笑顔が・・・


 まぁ、ここで拒否していても仕方がない。
 ゆっくりと左手を広げると、その上にコロンと何かが落ちる。

 マジマジと見たそれは、小さなピンクの石がついた極シンプルな1個のピアス


「・・・何だ? これ」
「ピアス。1個しかないんだけど、ヴィンは別に両耳に付けないでしょ」
「いや、そうだけど・・・これ、ピンクベリルだよな」


 薄桃色で、エメラルドやアクアマリンと同じベリル系の石
 またの名をモルガナイトと言うのだが・・・


「宝石の名前は知らない。単に綺麗だったから手に入れてみただけだけど?」
「アル。お前さ、この石の言葉って知ってるか?」


 宝石名も知らないのだから、石言葉など知らないだろう・・・
 案の定、彼は首を横に振る。


「この宝石の言葉は・・・『無条件の愛』」
「・・・えっ!?」


 角になった耳元で囁いてやると、思った以上に面白い反応が返ってきた。


「よく見りゃこの石。お前にそっくりな色だしなぁ〜・・・なんつーか、すげぇ愛されてるって実感したv」
「し・・知らないよそんなの! やっぱり返して!!」
「ダーメ。一度もらったものは返せるか!」


 左耳に数個ついているピアスのうち、耳の上の方。
 飾り気のないシルバーフープのピアスを外し、代わりにソレを差し込む。


「似合う?」
「アンドレの方が似合うね」


 ピアスは痛いから嫌だというクセに・・・


「ホント素直じゃねぇーなぁ」
「ふん」


 それがまた可愛いと言ったら、きっと顔を赤くして怒るのだろう。


「・・・にしても、何で急に?」
「別に。理由なんていいでしょ」


 少々、からかい過ぎたらしい。
 ぷいっと横向いてふて腐れてしまった彼を宥めなければならない。



 光に照らされ、輝く薄ピンクの石
 黒に染まっていた自身に、ソレは淡い色をもたらした―――――


(2006.05.13)

――――――――――――――――――



 今宵はアナタのその透き通る白い肌に、私の餓えた牙を刺しこみましょう
 それは甘く、そして美しく
 流れ落ちていく一筋の赤い線

 苦しさに空を仰ぎ、喘ぐアナタはとても儚く妖艶で
 血だけでは飽きたらず、その口唇をも深く味わう

 さぁ、芯に強い瞳で見上げてください
 そっと快楽の歓喜へと導いてあげましょう


(2006.05.20)

――――――――――――――――――



「リヴリー風情が、私に逆らうとは生意気な・・・無駄な時間を過ごしたわ」


 目にも鮮やかな黄色のドレスを翻し、口元を覆う扇の下から冷たい言葉が吐き出される。
 ほとんど傷ついていない姿は、さすがモンスターの中で最強と言われるだけあるだろう。


「ちっ・・・絶対次はぶっ殺す!」


 島の真ん中に生える大木に寄りかかり、赤い視線で睨み付けても、彼女――クインは目を細め笑うだけ。


「威勢のいい男だこと。しかも私に一人で戦いを仕掛けて来るその勇気は認めよう。全く無駄だったが面白かった・・・」
「それはそれは光栄ですよっと」


 相当に身体を傷つけたのだろう。
 頭から生暖かいものが伝って落ちていくのがよくわかる。
 身体の感覚すら鈍り始め、たぶんヘタすると本当にヤバい・・・


「さて、次の島を訪れる時間だ。また逢える事を祈っているわよ・・・愚かな深蒼のリヴリー・・・」


 背中に生まれた透き通った4枚羽を揺り動かし、クインは妖艶な笑みを一つ、島を去っていった――――






 あとに残されたのは、静寂と屈辱
 ヤツに血を流す事が出来なかったのが一番悔しい。


「あぁ〜・・・食事しねぇと・・・」


 重い身体を木から離しただけで、意識が遠のきかける。
 明らかな血液の不足
 このまま垂れ流し続けたら、身体中の血液が無くなって恐らく死ぬだろう。


「・・・アイツ、血くれねぇかなぁ〜」


 いつもなら、戦友である白銀のムシチョウに血を戴くのだが・・・
 確かヤツは今日、不在とかほざいていた。
 となると、残るのは・・・彼しかいないのだが。


「絶対嫌がりそうだよなぁ・・・・」


 容易に想像できてしまうのが恐い。
 かといって、このままだと墓が建つのはそう遅い事ではない。


「行くか・・・」


 流れ出る血を軽く右腕の包帯で拭い、移動の呪文を解き放った――――







 もうすでに何度も訪れて、見慣れてしまった島
 たどり着いたはいいが、力の入らぬ身体は地面を捉える事なく崩れ落ちる。


「・・・いってぇ」
―――ヴィン!?」


 突然頭上より降ってきた事に、彼は驚きの表情を見せる。
 走り寄ってきた彼は、その状態を見てさらに目を見開いた。


「ヴィン、どうしたの・・・? 血だらけじゃん!」
「ちょーっとクインに手を出したらしくじった」


 伸ばした手を掴み立たせようとしてくれるが、自分自身に力が入らないのに、細い彼に支える事は無謀


「アル、このままでいいから、ちょっと上着脱げ」
「・・・はぁ? 何で上着脱ぐの?」
「いいから早く! 俺が死んでもいいのか?」


 少し強めに言うと、頭に"?"を浮かべながらも、彼は素直に上着を脱いでいく。
 緊迫感が少し伝わっていると考えてもいいのかもしれない。
 でなければ、きっとこんな素直に脱いでくれないだろうから・・・


 パサリと音を立てて地に落ちた赤いジャージ
 ピンクの髪の下に現われた白い肌と、露わになった首筋に思わず喉が音を立てる。


「ちょっと、こっち―――・・・っと」
「え? うわっ!」


 引き寄せるつもりで腕を伸ばした途端、思い切りバランスを崩し逆に彼に凭れかかるように押し倒す形になった。

 見下ろす彼の身体に、真っ赤な血がポタポタと滴り落ちていく

 染まりゆく肌
 彩られて赤く赤く――――・・・


「・・・少し痛いが、我慢してくれ」
「な・・なに? 何するの!?」


 抑止も聞かず、目の前の獲物を狩るが如く、本能のままに白い首筋に牙を立てる――――


「・・っ・・ぁっ・・・・」


 ぷつりと僅かな肌の裂ける音のあと、甘美な赤い液体がゆっくりと流れ始める。


 喉を潤す至高の飲み物――――
 首筋を仰け反らせ、鋭い痛みに喘ぐ彼が欲望を駆り立てる――――


 ――――もう少し、この液体を・・・


 血を欲する身体が、彼を食い尽くそうと疼いて仕方が無い。
 だが、そろそろ離さなければ・・・


 刺しこんだ牙をそっと抜き、赤い2つの傷を癒すように舌で舐めあげる。
 荒く息をする彼の胸が上下に揺れ、目は虚ろに空を見上げた。


――――大丈夫か?」


 そっと髪を撫で、軽く抱きしめても反応が無い。
 よほど疲労させてしまったか・・・・


「・・・悪い。ごめんな、アル」
「ほ・・とだよ・・・いきなり・・酷い・・・・!」
「でも、お前の血。最高に美味かった」


 そう呟いてやるだけで、彼は怒ったように顔を背ける。


「怒るなって。あぁ、包帯巻かないとだな・・・」


 首筋にくっきりと残った2つの赤い痕
 今更だが、申し訳なく感じる・・・

 自分の命がかかっていたとはいえ、やはりいきなりは拙かったか。


――――後でちゃんと説明してよね。ヴィンは謎が多すぎる」


 無言の表情を読み取ったか―――
 彼に視線を戻すと、丸い瞳がこちらを見据えていた。


 いつも傍にいないで、己の事も話さないで・・・
 挙句に無理やり血を戴く

 本当に何をしているのだろうか―――――


「悪いな、ホント。あとでお前に全部話すから」


 自嘲気味に微笑むと、彼はいつもの笑顔を浮かべた。


「じゃあ許してあげる。とりあえず、アンドレ動けないから介抱するように!」
「はいはい。かしこまりました、女王様」


 己の血は既に止まっている。
 ここまで回復が早いのも、血の相性が良かったからか・・・

 なんかとても気分がいい。


「クセになっちゃいけねぇのに、クセになりそうだな・・・」


 彼には聞こえぬよう・・・
 小さく呟いて、そっと口唇にキスを落とした―――――


(2006.05.21)

――――――――――――――――――



 背に生える漆黒の翼―――――
 それは悪魔の象徴




「そういえばお前、翼を見せないな・・・」


 いつもの如く、ただヒマ潰しに訪れた親友の島で、彼は唐突にそう言った。
 一瞬何の事かわからず首を傾げるが、その言葉の意味に気付き曖昧に声を返す。


「あぁ、翼って・・・これか」


 完全にヴォルグの姿に戻る前の半擬人化
 この姿になると、今まで何もなかった背中に漆黒の翼が翻る。
 蝙蝠に近く、腕と繋がった鋭い翼・・・・


「あんまり出してるのは好きじゃねぇ。戦うのに邪魔だし、第一この程度の翼じゃ空を羽ばたくことすら出来ねぇからな」
「俺は綺麗だと思うが・・・?」


 そっと触れたソレは柔らかく、それでもどこか冷たい感触
 この、夜そのもののような男を表すのに丁度いい。


「俺はお前の色の方が綺麗だと思うぞ? 尻尾出せ」
「これこそ戦いの邪魔になる」


 対する彼に現われたのは、白に近い白銀の尻尾
 ふさふさとした柔らかい毛に覆われ、彼の身体に似てスラリと長い。


「お前の尻尾で寝たら、さぞかし気持ちいいだろうな」
「ふざけるな」


 完全擬人化へと姿を戻した彼を前に、ヴォルグも姿を元に戻す。
 それでも耳だけはヒトにならず、毛に覆われた獣耳に無数のピアスがついていた。


「なぁ〜今度、リヴの姿で戦ってみようぜ!」
「リヴで? お前が不利になるのはわかってるだろ」
「そりゃな。お前は今の姿とあんまり変わらねぇし・・・」


 両手フリーで2足歩行に長けたムシチョウと。
 鋭い爪を持つが、羽で動きを制限されるヴォルグ


「ハンデあってこそだ」
「・・・その強気がどこまでもつか」


 何だかんだで二人のやる気は整っている。


 夜が明ける前―――――
 2匹のリヴは、剣を交える。


(2006.06.21)

――――――――――――――――――



 あの大戦争が過ぎ、季節は何度移ろいを見せただろうか――――

 失ったもの、得たもの
 比べるならば失ったもののほうが遥かに多い。

 だからこうして足を運ぶ。
 失う原因となった地へ・・・




 あの時と何一つ変わらぬ、静かな森
 途切れた木々の間から覗くのは金に輝く丸い月

 時折吹いては葉をざわめかせる風に導かれながら、ある場所へと足を向ける。
 もう歌は聴こえてこない――――




「本当に何も変わっていないんだな・・・・」


 時がそのまま止まってしまったような
 透き通った水に反射する蒼銀の月の光でさえも・・・

 無いのはただ一つ
 風を抜け、水のように透き通った歌声
 軽やかな鈴の音さえも聞こえない



 ――――舞い踊る彼女の姿は、もう見えない




「お前と別れて、もう6年になる・・・失った片目にも慣れたもんだ」


 時折疼いては血を流す隠された右目
 抑えている本能が目を覚ます時


「お前がいなければ俺は―――・・・」


 自我を失っていただろうか・・・?



 そっと触れた湖の水
 小さな飛沫を上げて、緩やかな波紋を描いていく


「もう大切な者は作りたくなかった。失うのが恐いから・・・・」


 目の前で、ゆっくりと・・・・
 あの感情は二度と思い出したくもない。


「それでも、大切な者がいないと目が疼きやがる。俺の中で暴れたくて仕方ないらしい」


 己の弱さ、自己に苦笑する。


「だが失うよりは、ずっといいと思っていたんだけどな・・・・」


 不意に一陣の風が吹き、隠された右目を撫でていく―――――
 抉り取られ、深く傷ついたそこは、戒めの傷
 己を抑えるために、自ら傷つけたもの


「報告するよ、カル。失うことより大切な者が出来た。俺は心からアイツを愛したいと思う」


 本当に愛すべき者、失う事を怯えるより傍で護る強さを与えてくれる者


「・・・俺は、強くなれたか?」


 僅かに星は瞬きを示す。
 チリン―――とひとつ。小さな鈴の音が聞こえたような気がした――――


(2006.07.01)

――――――――――――――――――



 巡りゆく赤
 目覚める本能

 支配されていく――――



「・・ぁ〜・・たりぃ・・・・・・」


 うざったそうに垂れた前髪を掻きあげ、滴り落ちる己の血を美味そう舐めとる。
 開かれた瞳は赤黒く輝き、口元はより一層歪んだ笑みを形作った。


「なんつーか・・・よくここまで血を流させてくれたもんだ・・・」


 狂気と―――快楽
 入り混じる表情に、傷をつけた相手は後ずさる。


「逃げんなって。せっかく表に出れたんだからよぅ」


 それはもう別者
 先程と同じ人間の皮を被った、別の生き物


「さぁ〜て・・・殺してやるよ。身体の全てを真っ赤に染めて、綺麗な姿にしてやろう」


 巻かれた右腕の包帯が解けていく――――・・・
 現われるのは血を零したように紅く光るヘビのような痣
 まるで炎を纏うかのように、何故か目に焼きつくように鮮やかに見える。


「赤の・・・悪魔っ・・!」


 悲痛な叫びはもう聴こえない――――
 それは一瞬のことだから。





「いつまでも楽しくやろうや・・・なぁ、相棒」


 濃紺の髪を濡らす真紅の血液
 生温かく、ゆっくりと流れ落ちるそれを舌で受け、悦に微笑む。

 決して逃れる事の出来ぬ血の呪い
 覚醒は終わりを知らない―――――


(2006.07.01)

――――――――――――――――――



 ――――本当は似ているのかもしれない
 大切な人を失くした者同士

 だからいつも心の隅に残されている僅かな不安
 もしもあの時と同じ事が起こったら―――――





―――ヴィンは何でアンドレを好きになったの?」


 ――――夜の島
 美味しいのが手に入ったと彼が持ってきたワインと割るため、得意のハンマーでフルーツを潰しながら、隣で寝そべる彼を見下ろす。


「・・・何だ急に」
「別に。ちょっと気になっただけだよ」


 視線を戻し、再びぺったんと動きを再開する。

 それから僅かな無言の後、身体を起こし後ろ手で身体を支えながら彼は軽く息を吐きこちらを見た。


「はっきり言ってコレだ!っていう理由はねぇ・・・ ただ、失う事を恐れるより傍にいて護りたいと思う気持ちが強くなっただけだ」
「それじゃあ何もアンドレじゃなくてもいいじゃん」


 打ちつけていたハンマーを止め、額に薄っすら浮かんだ汗を拭きながら、再び彼を見る。


「お前じゃなきゃダメなんだよ。お前以外に俺にそんな気持ちを起こした奴はいない」


 彼にしては珍しく照れているのか、外された視線は地へ向かう。


―――ねぇ、ヴィン。失う事を恐れるって、何?」
「・・・あ? あぁ、まだ話してなかったか・・・・ 昔、大切だった奴を目の前で失った事がある。俺の力が及ばず、死なせてしまった」
「その人ってヴィンの恋人?」


 何か一瞬、心がムカッとした気がする。
 若干投げやりのように言ってしまった言葉は、この所為かもしれない。


「気になるか?」


 彼も僅かな変化に気付いている。
 だからいつものように口の端を軽く上げて、こっちを見るんだ。


「さぁね」


 今度はこちらが視線を外す番
 彼がどんな表情でこちらを見ているか容易に想像できる。


「恋人か・・・ そうと思えばそういう関係だったかもしれねぇし、違うといえば違うかもしれねぇ」
「・・・何それ」
「さぁな」


 先程の自分と同じ返答。
 わざとそんな事を言う彼に、つぶれたフルーツのカスを一摘み、投げてやりたくなる。


「まぁ〜でも、正直今まで結構辛かったんだけどな。お前が救ってくれたんだよ、アル」
「・・・ふん」


 それでもこうやって甘い言葉をかけてくるから、何も出来なくなるんだよ・・・




 潰したフルーツから果汁だけを取り、並べたグラスに注いでいく。
 彼はワインを多めに。
 対して自分のは、お子様だからと果汁を多めに入れられた。

 多少不服ながらも、互いにグラスを合わせる。 
 キン――と心地いい透き通った音が響いた。


「あのさ。失う事を恐れるより、護る気持ちが強くなったって言ってたけど、不安はないわけ?」
「・・・不安? そりゃあ多少はあるさ。もしもまた同じ事が起こったら、俺はどうなるだろう・・・って何度も思う」


 不意に伸ばされた腕に抱き寄せられ、彼の肩に寄りかかりながらフルーツワインを口に運ぶ。
 甘酸っぱいそれは、まるでジュースのようにすんなりと喉の奥へ入っていく。


「だが、そんな事を考えていたらキリがないだろ。それよりも、そうならないために俺はいつでもお前の傍にいるつもりだ」


 そうして彼は笑う。


「・・・ヴィンは強いね」
「そうか? まっ、俺は大人だからな」
「アンドレだって子供じゃないし」


 回されていた彼の腕を解き、立ち上がって背を向ける。



 思う事はひとつ。
 同じように大切な友達を目の前で失った自分は、まだ彼のように強くはなれない。
 不安が大きいから、彼を失ったらどうなるかもわからない。



―――アル。俺は弱くないぞ」


 後ろから聞こえてきた言葉
 見透かされているようで、何かムカつくけど・・・・許せてしまう。


「お前が抱えてる不安なんか全部俺が取っ払ってやるよ」
「はーいはい」


 許せるから、笑みがこぼれるの・・・かな。
 残っていたグラスの中身を一気に空け、彼の方を向いてグラスを差し出す。


「ヴィン、おかわり」
「ムリしてぶっ倒れてもしらねぇーぞ」
「アンドレは大人だから大丈夫!」



 ゆっくりとでも、不安を取り除いていく事ができるのなら・・・
 それは凄く幸せなことだと思う―――


(2006.07.09)

――――――――――――――――――



「・・・・どういう事だ」



 鋭く向けられた視線の先、金髪の男は口元に笑みを浮かべ悠然と佇んでいる。
 特徴的なクリムゾンを彩る目が薄っすらと細められ、彼はようやく口を開いた。


「理由などない簡単な事。全て初めから仕組まれていただけだ」
「仕組まれて・・・・?」


 顔を歪め相手を睨むが、彼の表情は変わらない。


「そう、LNCは赤の悪魔について調査をしていた。辿り着いた先に浮かび上がった人物がアンタだ」
「全て・・・調べたのか?」
「別に歌姫などどうでもよかった。だが、アンタと親しい仲の彼女が目の前で死ねば・・・? 領主は満足していた、思い通りに動いてくれたアンタにな」


 喉の奥から響く低い笑い声
 真に楽しげに彼は声を漏らす。


「・・・ざけんな。そんな事のためにアイツを殺したのか!」
「赤の悪魔に関わる者。全てが真っ赤な血に染まる・・・ よく聞く噂が現実になっただけだ。あの女もアンタと関わらなければ死ぬ事はなかったのかもしれないな」


 赤い瞳が疼きをあげる。
 何度も耳にした血の呪い――――


 赤の悪魔は存在する。


「あぁ、そうかもしれねぇな。どうせ今回もどこかで戦闘能力を測ってるんだろ? お望み通り見せてやろうじゃねぇか・・・てめぇを真っ赤な血に染めてやるよ」


 だが、己の呪いが解けないのなら・・・・


「面白いな・・・」


 それを利用するまで――――・・・・!



 自らの腕を傷つけ、流れ出た血を啜り取る。
 そうして目覚めるもう一人の自分――――


 ―――今、戦いが始まった。



(2006.07.18)

――――――――――――――――――



 ―――人は望む。
 その背に翼があれば・・・

 唯一手に入れられなかったもの
 空を駆ける翼――――



―――大体、いつも人間ってヤツは翼をもつ者に憧れと妬みをもつんだよ」
「まぁそうだろうな・・・空は自由に思えるから」


 ―――薄暗い路地
 地に映える影は長いものと短いもの


「それで? そんな人間たちに対して、お前は何を言いたい・・・?」


 長いものが短いものに手を差し伸ばす。
 その腕から肩へと飛び乗った短いものは、漆黒の両翼を広げ嘴高らかに言い放つ。


「甘いんだよ! あの孤独を・・・ヤツ等は知らない。結局は空に縛られている事を知らない・・・」
「・・・ヒトになるのが恐いか?」
「この翼は消えない。人は狙う・・・ 傷を負い、行き場を失い、全てを失くしかけた」


 短いものが大きく羽ばたき、やがて影が見えぬほどに小さくなる。


「ツェン・・・!」
「お前には感謝してるよ、ヴィネ。あの時手を差し伸べてくれたお前に、俺は助けられた・・・!」


 やがてその姿は夜の闇に吸い込まれ、周りと同じ色に溶けていく―――――





 何だか、とても懐かしい夢を見たような気がする。
 思い出されるのは、背に漆黒の翼を生やした男
 どこか自分と似ていて、それでいて全く異なる男

 見上げた空はあの夢と同じに暗く、闇が溶けている。


 手を差し伸べる事を、お前がもし望むのなら―――――


 無意識に空へ伸ばした腕
 その瞬間、不意に空の色がぶれ、何かがゆっくりと舞い降りてくる。


「・・・何だあれ」


 くるくると周るソレは、やがて伸ばした腕に器用に着地すると、こちらをじっと見つめてきた。


「これは・・・黒いバナナ?」


 思わず首を傾げた時、黒バナナはどこにあるかわからない口から言葉を発する。


「久しぶりの再会でバナナはないだろう。まぁ、確かに? こんな姿じゃバナナにしか見えねぇけどさ!」
「・・・・!?」


 その口調と声は、夢の続きを見せるかのよう・・・・


「ツェン・・・?」
「思い出したか。どういうわけか、この世界入ったらこんな姿になっちまってさ・・・一応カラスにはなれるんだがヒトにはまだムリみてぇ」


 そう言いながら、黒バナナ―――ツェンは一回転して姿を変える。
 現われたカラスは紛れもなく彼の姿で・・・・


「どうしてここへ?」
「お前を探してたんだよ、ずっとな。やーっと会えたぜ・・・」


 あの時と同じように肩に乗り、彼は両翼を広げる。


「つーわけで、しばらくココに住まわせてもらうぞ」
「別に・・・構わないが」
「ちなみに、この世界だと何故かカラスでいると疲れる」


 肩から飛び降りたと同時に、彼の姿はまた黒バナナへと戻った。


「その姿でいるのか!?」
「仕方ないだろ。まぁ、この世界に慣れればそのうちカラスやヒトにもなれるさ」
「そうか・・・」


 くるくると回転しながら空を闊歩する彼をぼーっと見つめ・・・
 何故か自然と笑みがこぼれた。


「ツェン。また仲良くやろうな」
「おーよ!」


 こうして再び、彼との共同生活が始まる――――


(2006.07.23)

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―――用事って何?」



 島に降りてくるなり、間髪入れず彼は言う。
 その口調はあからさまに怒りを含んでいて、笑顔なんて微塵もない。

 それもそのはずか・・・・
 1000日という記念の日を共に過ごさなかったのだから。


「怒ってるのか?」
「別に〜 ヴィンがお祝いしてくれなくても色々な人がお祝いしてくれたからね」


 こちらを見ようともせず、横をすり抜けて、傍を飛び周るツェンと戯れ始める。


「アル・・・!」
「用事あるなら早く言ってよ。アンドレだってヒマじゃないんだから」
「・・・わかった」


 ここで謝ったからといって彼の機嫌がすぐに直るわけでもないだろう。
 それなら話を進めた方がいい・・・・

 拒絶を示す背をこちらに向け、ほぼ強引にある物を手渡す―――――


―――何、これ?」
「見ればわかるだろ。浴衣だ」


 その場で広げたソレは、薄紫の生地に真っ白な桔梗がしとやかに花を咲かせていた。


「・・・どうしたの?」


 彼の表情が不機嫌から驚きへと変わる。


「ちょっとな。・・・着る気はあるか?」
「着てみたいけど。アンドレ、着付けできないよ」
「俺がやってやる」
「ヴィン、着付け出来るの!?」


 とりあえず無言で頷く。
 お前のその姿を他の誰にも見せたくないから―――とは口が裂けても言えない。


「帯び付けの前までは出来るな?」
「うん。着替える!」


 笑顔を取り戻した彼に、やっと安堵を覚える。
 空の闇はより一層の深みを増し始めていた―――――






「ヴィン〜!」


 既に着替えを終えた俺を前に、仮紐を結び終えた状態で彼は走りづらそうにトテトテと駆け足でやってくる。
 白い肌に映える薄紫は、中世的な彼の女性の部分を惹き出し、どこかいつもと違った印象を与えていた。


「へぇ〜・・・ヴィンも浴衣似あうんだね」
「いい男は何を着ても似合うもんだ」
「は〜いはい」


 軽く流しても彼の顔は笑っている。


「・・・よし。じゃあやってやるか・・・苦しかったら言えよ」
「おっけぃ」


 自分よりも小さく細くて、それでも強気でわがままで・・・
 時々凄く子供っぽくなるくせに、凛とした大人の表情を見せる時もある。

 ころころと変わる表情に魅せられ、望むままに抱きしめたいと常に思う・・・・
 




―――出来たぞ」
「どう? 似合う?」


 その場で腕を広げ、彼は微笑を浮かべた。


 ―――望むままに・・・


「あぁ・・・ヤバいな」
「え・・・?」


 手を伸ばし腕を引いてやるだけで、彼は簡単に胸へと転がってくる。
 そのまま後ろに手を伸ばし、薄桃色の髪を結わく紐を解いてやると、細い髪はパサリと音を立てて広がった。


「お前、綺麗すぎ」
「・・っ・・・ちょっとヴィン!?」


 もがいたところで逃すわけもなく・・・・
 さらに強く抱きしめると、諦めたのか大人しくなった。


「アル―――
「・・・なにさ」


 少しふて腐れたような声
 彼なりの照れ隠しとわかってしまえば、こちらは笑みを零すしかない。


「遅れちまったけど、お前に渡したいものがある」


 一度身体を離し、島の端に置いてある箱から1本のチェーンを取り出す。
 細いシルバーの先に通されているのは、飾り気もなく本当にシンプルなリング
 胸元開かれた彼の首にチェーンを通し、金具を閉じた。


「・・・リング?」
「お前は目に見えるところにアクセって付けないからな。首元なら隠れるから平気だろ」
「これっ・・・」


 指で摘み、何かを言いかけて、彼は急に背を向ける。


「アル?」
「・・・仕方ないなぁ。お祝い遅れた事はこれで許してあげるよ。アンドレは優しいからね」


 どこまでも素直じゃない――――
 でも、それが『彼』だから。


「優しい恋人をもって俺は幸せだねぇ〜・・・」
「そうだよ、ヴィンは幸せなんだから! それよりせっかく浴衣着たんだから花火しようよ」


 言った傍から既に呪文を唱え始めている彼に続き、真っ暗な空へと視線を移す。
 彼の照れ隠しが終わるまで――――


 夏の大輪はそっと静かにリングへと、鮮やかな光の輝きを与えていた―――――


(2006.07.30)

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