注意

日記に載せていたプチ小説をまとめたものです。
なので、中途半端に終わっているものがほとんどです。
あと、書き方なども見直していませんので・・・
所詮は日記小説、と思ってご覧ください。



+他の方との絡み主体+




「くっ・・・」


 破れたドレス
 傷む身体を引きずり、クインは島を後にする。

 今回は分が悪かったようだ。
 まさか訪れた島で、リヴリーたちによる罠が張られていたとは思わなかった。

「・・・私としたことが・・あんなリヴリーどもにっ・・・」


 常に持つ扇をギリギリと握り締め、クインは身体を休める場所を求めて島をさまよう。
 そして―――――・・・




「・・・あぁ?」


 島の木陰に寝転がり、軽く転寝をしていたブラットの目に、鮮やかな黄色が映る。

 ――――俺以外に黄色いものなんか・・・あったか?

 よいしょ、と身体を起こし、改めその黄色の姿を見留め、目を見張った。


「クイン・・・」


 ボロボロの姿ではあるが、その禍々しい気迫は紛れもなく、モンスターの中で最強とされるクインそのものである。
 彼女自身、未だこちらに気付いていないのか、肩で息をしながらその場に蹲っている。

 いつもなら、たぶん見て見ぬ振りをしていただろう。
 だが、明らかに疲れた様子と、モンスター最強という彼女の肩書きが、ブラットの血を騒がせる。
 気配を悟られぬようそっと彼女に近づきながら、ブラットは腰から2本のダガーを引き抜いた―――――






「・・・随分と疲れてるみてぇだな。モンスター最強とも言われるアンタらしくない」


 突如、頭上から降りてきた声に、クインはバッと顔を上げる。
 己を見下ろす黄色のムシチョウは、余裕に満ちた顔でダガーを突きつけていた。


「ふっ・・たった一人で、この私を倒そうというのか? 舐められたものだ」
「立っている事も出来ないようだがな」
「笑止。お前如き、跪いたままでも充分だ」


 ―――・・・刹那
 クインの背中から、透き通った4枚羽が姿を現す。


「立つ必要もないということが、おわかりか?」


 ふわり、と空へ浮き上がり、逆にブラットを見下ろす形となった彼女が、ニヤリと口を歪ませる。
 その笑みに、ブラットも軽く鼻で笑い、ダガーを構えた―――――


(2006.03.05  Frosche ペコさん宅ブラットさん)

―――――――――――――――――



 今日だけは特別な日
 大きな生クリームのケーキにイチゴを乗せて・・・
 チョコレートで作った記念のプレート
 あとはえーと、ロウソク?

 あ、違う違う。
 記念日には祝う人を乗せなくちゃ!
 お砂糖で作った赤い赤い蛙さん。

 よーし、これで完成でしょう!




「出来ましたか? フェンリ」
「ばっちりっしょー!」


 手、鼻にちょんと生クリームを付けたまま、出来上がったケーキを前にフェンリは満面の笑みで答える。

 今日は大切な人の記念日
 どうしてもどうしてもお祝いをしたいから、ユーラに習ってケーキ作り初挑戦!


「ねぇ、ユーラ。お姉ちゃん、喜んでくれるかなぁ?」
「さぁ・・・どうでしょうね」


 にっこり、意地悪な笑いを浮かべるユーラは、フェンリの鼻の上についたクリームを指で掬い取る。


「ちゃんと手を洗って、顔を洗って、いってらっしゃい」
「おぅ!!」


 ・・・と、忘れてはいけない大切な事。
 島の端から取り出した赤いグリーティングカード
 フェンリは慣れない筆ペンで、文字を書いていく。
 たっくさんの気持ちをこめて。





「んじゃまーフェンリ配達便、ケーキの宅配に行ってきます!」
「途中、ケーキを落とさないように」
「はーい!!」


 頭の上に乗せたケーキを支えつつ、フェンリは彼女の元へ向かう。





Dear ドランクお姉ちゃん

300日おめでとう!
なんかね、おいらね、自分の事みたいにすっごい嬉しかったんだよ!
だからユーラのスパルタに耐えながら、お祝いのケーキ作ってみました。
ケーキのてっぺんに乗ってるのは、砂糖で作ったお姉ちゃんなの!
ねぇ、喜んでくれる?
もし・・・もし、受け取ってくれるなら、おいらも一緒に食べたいなv
大好きだよ、お姉ちゃん! 本当におめでとぅ〜

From フェンリ

 思いを届ける
 大切な人へ

 心からの感謝と共に――――――


(2006.04.15  Frosche ペコさん宅ドランクさん)

―――――――――――――――――



「ふんふふんふふ〜ん♪」


 何やら楽しげに鼻歌を歌うケマリが1匹
 辺りに散らかるは、黒っぽい粉


「今日はお祝い〜 めでたいお祝い〜なーのさー!」


 最後になにやら紙で出来た丸い半球をかぽっと乗せて出来上がり


「ふっふっふ・・・かーんせい!!」


 出来上がった丸い物体を片手に、ケマリはある島へ向かう
 そう、今日は大切な人の記念日だから・・・






「兄貴ぃー!!」


 何度か訪れた事のある、大好きな人の島

 大きな耳を動かして、チビケマリの来訪を向かえるあの人へ
 フェンリは持っていた丸い物に、あらかじめ唱えておいた焚き火の呪文で火をつける。


「900日おめでとおおぉぉっっーーーーーーーーー!!!」


 点火した丸いもの
 その名はケマ特製、兄貴祝いの花火

 本来は打ち上げなければならないソレを、何を思ったかケマリは彼へ向かって放り投げる。

 言葉の爆弾以上に激しい本物の爆発物
 キャッチした途端ソレは辺りを全て巻き込んで、物の見事に大爆発した。

 真っ黒な煙と砂埃で埋め尽くされる島
 辛うじて空を飛んでいたケマリは爆風に飛ばされただけで傷を負っていないようだが・・・


「・・・兄貴?」


 恐る恐る問いかけても返事はない


「・・・おーい。兄貴ぃー」


 やはり返事はない

 ケマリに冷たい汗が一筋流れる。


「お・・おめでとぉー・・・で、おいら帰りまーす」


 まだ先の見えない黒い煙に向かってケマリは小声で言うと、そそくさ島から逃げようとする。
 だが、そう上手くいかないのも世の摂理

 不意に煙の中から伸びてきたジャージの腕は、見事にがしっとケマリの3本毛を掴みとる。


「まぁそう焦って帰らず、ゆっくりしていきなよ」


 一陣の風が通り過ぎ、黒い煙は島の外へと流れていく。
 姿を現した彼の表情はにっこりと、だが片手にはしっかり本物の爆弾が握られている。


「お祝いに来てくれたんだから、お祝い返しをしなきゃ失礼だよね・・・」
「い・・いりませんいりません!!」


 頭の毛を握られたまま、ケマリは身体全体を左右に振るが、無駄な抵抗




 天高く打ち上げられたケマリ花火を眺めつつ、彼は満面の笑みでこう叫んだ。


「たーまや〜!」


(2006.04.16 雫町 アンドレさん宅アンドレアルフスさん)

―――――――――――――――――



「よぅ。久しぶりだな」


 突如、島に降りたつ蒼黒い影に、ブラットは横たえていた身体をゆっくりと起こす。
 オレンジ色のサングラスの下にある目が僅かに細められる。


「まさか覚えてねぇなんて言わないよなぁ?」


 蒼黒い影――――ヴィネガは、1本のダガーをブラットの足元狙って突き捨てる。

 それは以前、ある戦いの時に彼から奪った物
 決着のつかなかった戦いに、再びケリをつけるために今まで持っていた物

 過去を思い出したのか、ブラットの口元が微かに笑みを形作った。


「わざわざ探し出してケリをつけに来たのか?」
「まぁそれもある。それもあるが・・・別に今日は戦おうとは思わねぇ。てめぇを見つけられたんだ。戦おうと思えばいつでも戦えるさ」


 鋭く尖った歯を剥き出しにし、さも楽しげにヴィネガは笑う。


「・・・じゃあ何しにきた」
「ソレを返しにきたんだよ。俺からのプレゼントだ」


 軽く突き出した顎は、足元に刺さったままのダガーを指す。
 つられて視線を落とした先、ヴィネガは彼を見据え言い放つ。


「また剣を交えられる日が来るのを楽しみにしてるぜ」


 再び目を戻した時、手をひらひらさせたヴィネガの姿は一瞬で空へと掻き消えた。





 残されたダガーを引き抜き、ブラットは空を見上げる。


――――・・・上等だ」


 空から視線を外し目を閉じると、彼はゆっくりと笑みを浮かべた。


(2006.04.19 Frosche ペコさん宅ブラットさん)

―――――――――――――――――



―――ディグライ」
「・・・へ?」


 聞きなれたようで、聞き慣れぬ声に思わず間の抜けた声を出す。

 腰に剣を下げ、風に靡くワイシャツの隙間から黒い銃も見える。
 そして、その手には小さな短剣

 白銀の髪を揺らすヴィオルは、ただ無言でソレを差し出した。


「ヴィ・・ヴィオル! え? なに? これくれるのか!?」


 シンプルで、飾り気のない銀製の短剣だが、受け取るとそれは思いのほか手にしっくりと馴染んだ。


「今日はめでたい日なんだろう?」
「そうだけど・・・うわ、すげぇ〜 まさかヴィオルからもらえると思わなかったー!!」


 子供のようにはしゃぎ、鞘から剣を抜いては空に掲げては楽しげに眺めるディグ


「本当はフェンリが何か持ってくるつもりだったらしいんだが、あいつは急用が出来たそうだ。お前に悪いと謝っておいてくれと言われた」
「そっかぁ〜・・・たぶんフェンリがくると思ってたんだが、急用じゃしゃーないな」


 再び剣を鞘に納め、ディグはブラド特有の尖った歯をにっと出して笑う。


「俺さぁ、ヴィオルに憧れてたんだよ。なんつーか、カッコいいし大人だし? それに強ぇしさー!」
「・・・そうか?」
「なぁなぁ! 今度剣術教えてくれよ!」


 目の輝きは、フェンリとどこか似ている部分がある。


「そうだな。だが、俺は厳しいから覚悟しておけよ」
「もちろんだぜぃ!」


 ガッツポーズで二の腕を叩くディグを前に、ヴィオルは静かに笑みを浮かべた。


(2006.04.20 B.L.T(仮) 志毘さん宅ディグライさん)

―――――――――――――――――



 春、麗らか
 満開の桜の下、一人座り、空を見上げる

 ピンクの花々の間から見え隠れする黒く透き通った空は、時折星を瞬かせては辺りを明るく照らしている




 この地に降り立って1年
 そして、姉を失って――――1年


 だが、一人ではない。
 たくさんの友と、大切な人がいる。

 そう、一人ではない・・・







「今日は俺の記念日だ・・・」



 呟く言葉は空へと吸い込まれてゆく



「姉さん、俺は・・・」



 ――――俺は、幸せだよ




 伏せた瞳
 静かに蘇ってくる姉に微笑みかける。




 ――――おめでとう、燈鳴・・・



 不意に聞こえてきた声に、目を開く。
 辺りにはもちろん、誰もいない。




「ありがとう・・・」



 漏れて出た心からの言葉

 僅かに姉も、微笑んでくれているような・・・
 そんな気がした―――――


(2006.04.27 Dizzy 空町あおさん宅燈鳴さん)

―――――――――――――――――



 ―――――梅雨が来ると
 気付けば、キミはそこにいる。

 身体より大きな葉っぱを傘に、白に近い薄緑の前髪から覗くクルクルの大きな蒼い瞳
 だぼっとした服で、小さな手足も見えないけれど
 キミはいつでもはしゃいでる。


 ―――――梅雨が来たら
 そこは、キミの季節

 ほら、そこそこ・・・すぐそこに・・・・




――――・・・家出か?」


 冷たい雨の飛沫を感じ、目を覚ましたヴィオルの前に、見慣れぬ小さな物体が蹲っている。
 頭をすっぽりと覆うおたまじゃくし型の帽子から、白に近い薄碧の前髪が大きな蒼い瞳を覆い隠し、髪よりはやや濃い薄緑の長い服
 同じ色の半ズボンの先には、髪と同じ色のぺったりとした長靴が見えた。

 自分の数倍は大きい葉っぱの傘を広げ、その子はヴィオルに気付き顔を上げる。
 引き込まれそうな蒼いドングリ眼が彼を捉え、純粋無垢な表情で見あげていた。




「お前、名前は?」
「フィロ」


 フィロと名乗るその子は、その場に立ち上がる。
 ヴィオルの腰丈にいくかいかないか・・・
 ヘタするとフェンリより小さいかもしれない。


「どこからきた?」
「雨に乗ってきたの。フィロはね、梅雨の時だけ姿現すの」


 不可思議なことを言うものだ。


「・・・島名は?」
「フィロに島はないの。フィロは梅雨の時だけ自由なの」
「ふむ・・・」


 その子の言う事を疑うわけではないが、簡単な呪文を唱え、その子の情報を盗み見る。
 そこには――――

 名前と種族以外、何も書かれていない。


「嘘じゃないみたいだな」
「フィロは嘘吐かないの。お兄さん、梅雨の間だけココにいてもいい?」


 首を傾げた時、薄碧の前髪が揺れ、ようやく蒼い瞳が何の隔たりもなく現われる。
 クルクルと同心円状に巻かれたアメヒグ独特の蒼い瞳

 周りは白と同化してしまいそうに儚い碧色なのに、蒼い瞳だけは何よりもはっきりと映し出され、その子の存在を主張する。


「フィロ、だっけ? お前、男の子か?」
「フィロはフィロなの。男でも女でもないの」


 性別のわからぬ、実に不思議な蛙の子


「何か食べるか?」
「フィロの恵みは雨なの。雨があれば、フィロは元気なの」


 誘われるままにレインを放つと、フィロは喜んで空を仰ぎ見る。
 葉っぱの傘で、フィロ自身に雨は当たらないが、それでもどこか幸せそうに微笑んでいた。


「お兄さん、梅雨の時だけ、よろしくなの」
「・・・うちでよければいつまでもいればいい」
「ありがとうなの」





 梅雨が来て、梅雨が明けるまで―――――
 その僅かな時を、フィロは過ごす。

 それは、不思議な蛙の子と一匹の孤独なムシチョウのお話



(2006.05.30)

―――――――――――――――――



5月30日 気温27度


今日は朝から晴れてたのに、夕時に雷がひとつ鳴ったの
雨がくると思ったのに、雨が落ちなかったから、ちょっと残念だったの・・・




 現時刻、夜
 空はうっすらと雲がかっているものの、雨が降る気配はない。

 蒼い瞳を空から地に戻し、フィロは葉っぱを置いて座り込む。


「雨ないと、お腹すいちゃうの・・・」


 しょんぼりと縮こまり、見えない手でお腹を押さえる。
 時折きゅるると音を立てては、その度にフィロの身体は縮こまっていく。


「虫は食べないのか?」
「フィロは虫も食べれるの。でも、雨が一番の大好物なの」
「レインを唱えてやろうか?」


 その言葉に、フィロは小さく首を横に振る。
 大きなおたまじゃくしの帽子が揺れ、しっぽがハタハタと地面を掃除しては、僅かな砂埃を巻き上げた。


「ダメなの。自然に降ってこないと、美味しくないの」
「所詮、人工物はダメということか・・・しかし、この風では雨が降る可能性は少ないな」


 空を見上げても、薄い雲が幕を引いているだけ
 風もからりと乾いていて、雨の降る気配など微塵もない。


「今日は雨を諦めて、虫を食べろ」
「・・・お兄さんの言うとおりにするの。虫、くれる?」


 しょんぼり顔が上を向き、ヴィオルの金の瞳とぶつかる。
 どこか悲しげに揺れる蒼い瞳からこそ、透明な雨がこぼれそうなほどで・・・


「何がいい。一応、全種そろっているが・・・」
「フィロはフサがいいの。心、ゆっくり落ち着くの」
「逃がさないようにな」


 ぷらりと垂れた服の袖が2つ、ヴィオルの方へと差し出される。
 手渡したフサムシをぎゅっと握り、フィロは少しずつ口に運んでいった。

 そこに笑顔はなく、小さな悲しみが纏われていて、命の源である雨をどうにか呼び寄せてやりたい気持ちにもなる。


「明日は・・・少しでも雨が降るといいな」
「・・・うん。そしたらフィロは元気になるの。元気に・・・なりたいの」


 心落ち着き、眠気が押し寄せたのか・・・
 フィロは小さな欠伸とともに、静かに地に身体を横たえた。

 やがて聞こえてきた寝息―――
 不思議な蛙、フィロは夢で雨を待つ――――・・・


(2006.05.30)

―――――――――――――――――



5月31日 気温27度


これから約1週間、晴れの日が続くらしいの
雨、1滴も落ちないの・・・
フィロの葉が枯れたら、フィロも枯れてしまうの





 空に燃えるは、赤い太陽
 雨雲全てを吹き飛ばし、その身を眩しいまでに主張する。

 見下ろされ、蹲るは1匹の蛙
 青々としていた大きな葉っぱも、どこか悲しげに身を垂れていた。


「お空、とっても眩しいの・・・」


 知らぬ人にとっては、聞き覚えのいい言葉かもしれない。
 だが知る人にとっては、それは心を痛める叫びのようで・・・


「・・・フィロ」
「お兄さん、今日もお空は晴れてるの」


 煌々と照らされた太陽には、思わず目を細めるほどの眩しさがある。


「これから少し、雨こないの。フィロにはわかるの」
「・・・大丈夫なのか?」


 ダメと言われても、救う術はない。
 出来ることは、雨の技を唱えてやることくらい・・・


「フィロね、フィロの葉が枯れちゃったら、フィロも枯れちゃうの。だからね、フィロの葉枯らしちゃいけないの」
「枯れる?」
「うん。身体しおしおって枯れちゃうの・・・」


 どうやら、フィロのもつ葉とフィロ自身は別物ではないらしい。
 今でさえ頭を垂れさせている葉
 今後雨が降らなければ、いずれは茶色に変色し枯れてしまうだろう。
 そうなるとフィロは・・・・・・


「ここにいても仕方がない。雨の降る場所を求めて、旅をした方がいい」
「旅?」
「そうだ。求めるものは、ただ待っていれば手に入るほど簡単ではない。求めるからには行動を起こさないとダメだ」


 髪の隙間から見える蒼い瞳が戸惑いに揺れる。
 フィロにとって、自ら雨を求めて彷徨うのは初めてのことだろうから。


「疲れたら戻ってくればいい」


 戻る場所を与えてくれる彼に、フィロは素直に大きく頷く。


「お兄さん、ありがとうなの。フィロ、旅してみるの」


 言い終わるより早く、フィロの姿は小さな薄緑の蛙へと変化した。
 それに合わせて、フィロの葉も小さくなって蛙の頭の上にペタリと乗っかる。


「またくるの。バイバイなの!」
「・・・あぁ」


 丸く長い舌を出し、フィロはケロロと挨拶する。
 それに合わせどこからか吹いてきた風は、フィロの身体をふわりと浮かせ、その姿はあっという間に島の向こうへと消えていった――――――



 雨を求める小さな蛙
 これより、フィロの出会いが始まる―――――・・・


(2006.05.31)

―――――――――――――――――



6月7日 気温 涼しい



旅に出て、1週間経ったの
その間も真っ赤な太陽がずっと照らしていたけれど
今日は久しぶりに雨がさーっと降ったの
フィロ、とても嬉しかったの!




 空、今は晴れ
 空、先程は雨

 あっという間の短い時間だったけれど、確かに空は恵みを落としていった。
 萎れかけたフィロの葉も、ほんの少しの雨で今は元気な緑に戻っている。

 そして、いつの間にやら旅の仲間も増えたらしい。
 葉の真上にはうねうねと小さなカタツムリが、目をキョロつかせながら葉に溜まった水を求めて、粘液の糸を引いていた。



「今日はとりあえず、この島にお世話になるの」


 空はすっかり夜に染まり、雲の隙間から僅かに月が顔を覗かせている。
 フィロはちょうど真下に見えた真っ白な羽毛の島を見つけると、ぴょんとその島に降り立った。


「こんばんはなの」


 たぶんその島の住人と思われる薄紫の長い髪を揺らすその背中に、フィロは蛙の姿で挨拶をした。
 その小さくか細い声に気付き、住人はゆっくりと振り返る。


「随分と小さいお客様がいらっしゃったようですね。こんばんは、カエルさん」


 柔らかに微笑むこの島―――威流の住人ユーラは、その身を屈めて挨拶を返す。


「お姉さんお姉さん、フィロ、お願いがあるの」
「お姉さん?」


 疑うこともなくユーラを"お姉さん"と呼び、フィロは丸く長い舌を伸ばした。
 一方、一瞬訂正を考えたユーラだが・・・あえて何も言わず目の前のカエルの話を待つ。


「あのね、今日から数日、フィロをここに置いて欲しいの」
「この島に、ですか?」
「そうなの。フィロ、旅してるの」


 いい終わると共にフィロは身体を一度小さく丸めると、空に向かって小さなジャンプをする。
 空中でぽわんとした光に包まれ、再び降り立つフィロは袖に隠れた見えない手をパタパタと振り回していた。


「それがアナタの本当の姿ですか?」
「本当とかそうじゃないとか、フィロにはよくわからないの。フィロはフィロなの」


 姿に併せて大きくなった葉っぱを手に持ち、フィロは前髪の下に見える口でにっこりと笑う。
 さすがに葉の上のカタツムリまでは大きくならなかったようで・・・
 突如巨大化した葉の上で、目を限界まで伸ばして辺りの様子を伺っていた。


「お姉さん、フィロを置いてくれる?」
「別に構いませんよ。お好きなだけどうぞ」
「ありがとうなの〜!」


 ぴょこたんと飛び跳ねた反動で、普段見えないフィロの蒼いアメヒグの目がユーラを捉える。
 水のように透きとおり、潤いを保つフィロの瞳――――波紋のように白い輪が広がっている。
 思わず魅入ってしまうその瞳も、フィロが大人しくなるとまた髪に隠れ姿を消してしまった。






――――ところで、アナタはなぜ旅をしているんですか?」
「フィロはね。雨を求めて旅してるの。雨がないとね、フィロはしわしわ〜って枯れちゃうの」
「枯れる・・・?」
「うん。フィロの葉が枯れちゃうと、フィロも枯れちゃうの」


 歓迎用に出されたミルクをちょびちょび飲みながら、フィロは目の前のユーラを見上げて答える。


「枯れるって・・・アナタはその葉と繋がっているんですか?」
「フィロには難しい事はわからないの。でも、フィロの葉が茶色くなると、フィロも茶色くなっちゃうの。それで元気、なくなっちゃうの」


 今はフィロの脇に置かれ、何の変哲もない傘代わりの葉になっているが・・・


「ねぇ、お姉さん。フィロの事はいいの。フィロはお姉さんの事が知りたいの」
「・・・私の?」
「うん。だってね、お姉さん・・・心が半分カラカラなの。半分は潤ってるけど、半分はカラカラなの・・・」
「それは――――・・・」


 ユーラが何かを言いかけた時、フィロはミルクカップを置いて立ち上がると、ユーラに向かってそっと手を伸ばした―――――


(2006.06.07)

―――――――――――――――――



―――――心が半分カラカラなの。半分は潤ってるけど、半分はカラカラなの・・・




 伸ばした手が、立ち尽くすユーラの腕を取る。

 前髪の隙間から見える真っ蒼なフィロの瞳は、己の目を通して中を全て覗きこまれるような・・・
 周りの音が無となり、逸らす事の出来ぬ不思議な感覚に捕らわれる。


「お姉さんの半分、心任せてる人が水をあげてるの。残りの半分、お姉さん自身がその人に水を貰う事、拒んでるの」


 何故かフィロの声だけ、音を越えて沁み入るように直接響き渡る。
 心地よく、さらさらと流れていく声――――


―――何故、そう思うのですか?」


 自分自身が発した言葉でさえ、その不可思議な空間を破ることなく水となって流れていく。


「辛いことがあったからなの。お姉さん、自分自身が嫌いだからなの」
「自分自身が、嫌い・・・?」
「うん。汚れてると思ってるの。水をあげてくれる人、あまりにも透き通ってるから、お姉さん、濁らせたくないと思ってるの」


 なぜか自身の事なのに、フィロに言われ改めその事実に気付く自分
 疑う事なく、フィロの言葉は真実を述べていく。


「でもね、お姉さん綺麗なの。水をあげてくれる人が、綺麗にしてくれたから。だからお姉さん、綺麗なの」


 にこり、と子供らしい笑みを残し、フィロの手が静かに離れた―――――

 そして、時が動き始めたように周りの景色が色づき、音がゆっくりと戻ってくる。
 自分の意志で見下ろしたフィロの瞳はすでに前髪に完全に隠れ、蒼の一欠けも姿を現さなかった。


「・・・私はどうするべきだと思いますか?」
「信じるの。そうすれば、もっともっとお姉さん透明になるの。綺麗になるの」


 きゃっきゃっとその場で飛び跳ねては、フィロは先程の雰囲気とは変わって、悪戯っ子のように島の羽毛を巻きあげて遊び始めた。



 そうするうちに旅の疲れが現われたのか・・・
 羽毛に包まり、いつの間にか小さな寝息をたてて眠っている。

 本当に小さな小さな蛙の子
 だけど不思議な蛙の子


 ユーラはフィロの傍に座り、柔らかに微笑む。
 どこか心にずっと引っかかっていた木の枝を、フィロの水がそっと流してくれたような・・・
 そんな気分に包まれていた――――――


(2006.06.10)

―――――――――――――――――



雨の雫―――ぽつり、ぽつり
広げた葉の傘に弾かれては、落ちていく。
音、響くたびに笑顔になって、最後は一緒に歌ってる。

雨の雫―――天からの贈り物
この上ない、とても幸せな贈り物―――――・・・





「フィロはそろそろ旅に戻るの」


 ユーラの島を訪れて数日
 自然の雨が降り始めた世界に、フィロの笑顔は満開になる。


「雨の降るパーク、見て回るの」


 青々とした葉の傘を掲げ、ぺったり長靴で飛び跳ねる。
 その度にオタマ帽子のシッポは滴る雫を弾き返すが・・・
 どこかオタマも幸せそうに見えてくる。


「気をつけていってらっしゃい」
「お姉さん、ありがとうなの!」


 長い袖に隠れた手を必死に左右に振り、フィロはぽん!とカエルの姿に戻ると、得意のジャンプで島を去っていった。
 置いてきぼりのカタツムリが1匹、フィロの去った方向へと目を伸ばして見つめている。
 梅雨の時期は、始まったばかりである―――――




 あらゆるところ雨が降り注ぎ、喜ぶリヴとそうでないリヴとに意見は分かれている。
 言い争ったところで、天候は全て空の気分次第
 あと何日降り続くのかは、誰もわからない。



「今度の島はここなの・・・誰かいるのかなぁ」


 適当な島を見つけては、ぽんと降り立ち島主を待つ。
 受け入れてくれる島もあれば、いきなり追い出される島もあった。
 中には島主がいないところも・・・・

 それでもフィロは楽しげに笑う。
 たとえ辛いことがたくさんあっても、フィロはにっこり笑うのだ。





 葉の傘を翻し、今回もフィロはある島にたどり着く。
 ぽつり、ぽつりと雨が身を潤し、心までも癒していく。


「島主さん、不在かなぁ」


 見たところ、手入れが施されているから、きっと今は放浪中なのだろう。
 その場に座り込み、フィロは曇った空を見上げ長い舌を伸ばす。


「島主さんに逢いたいの。早く帰ってこないかなぁ」


 ぴょんぴょこ飛び跳ね、カタツムリやヤドカリさんにご挨拶。

 ――――やがて夕暮れも近づいたころ
 軽い音と共に、"彼女"は現れる。

 同じ姿だが、フィロと正反対となる彼女が―――――


(2006.06.15)

―――――――――――――――――



「お姉さん、こんにちはなの」


 頭に葉っぱを乗せ、蛙姿のまま、フィロは降りたった彼女に長い舌を伸ばして挨拶した。

 雨の雫にしっとりと濡れた赤い髪を揺らし、彼女の蒼い瞳が優しげに微笑む。
 その下に映える3つの緋色の斑点がどこか印象的で、ほわりとした温かい気持ちに包まれる。


「あれ? キミは放浪さん?」
「ん〜ん。フィロは旅の途中なの」


 ぽむっとフィロはヒトの姿に変化すると、葉の傘を広げて彼女を見上げた。


「お姉さんも蛙さん?」
「そうだよ。キミも蛙なんだね!」


 少し屈んだ彼女とフィロの隠れた蒼い瞳が重なる。

 言葉で言わなくとも感じる、同種の共鳴
 フィロはにっこり微笑んだ。


「お姉さん、お名前何ていうの?」
「ん? 私はドランク、だよ!」
「ドランクお姉さん。フィロはフィロなの〜」


 フィロなりの自己紹介らしい。
 普段は知り合ったヒトの名前すら聞く事がないのだが・・・
 どこか気分よく、フィロは長い袖をパタパタと動かす。


「えっと、フィロ・・・くん?」
「フィロはね、くんでもちゃんでもないの。フィロはフィロなの〜」
「じゃあ、フィロでいいの?」
「いいの〜」


 蛙らしく、その場でジャンプするたびに長い前髪に隠れた蒼い瞳が見え隠れする。
 同心円を描いた、アメヒグ独特の蒼い瞳――――


「お姉さん、お話するの。フィロ、雨降ってるから凄く気分がいいの」
「雨、か・・・・」


 それまでにこりと微笑んでいた彼女の表情が少し悲しげに曇る。
 厚い雲に覆われた灰色の空を見上げ、彼女はどこか切なげに佇む。

 そんな彼女を見つめるフィロ
 葉の傘を横へ置き、そっと彼女へと手を伸ばした。


「お姉さん、フィロと違うの。お姉さんの心、すっごく明るくて楽しくて輝いてるの・・・太陽、みたいなの」
「・・・太陽?」


 薄曇の空から視線を外し、腕をそっと掴む小さな手の持ち主に視線を落とす。
 見上げる事で流れた髪の隙間からはっきりとした蒼い瞳がこちらを向き、不思議な感覚に捕らわれ逸らす事が出来ない。


「お姉さんは太陽なの。でも、乾いちゃってるの。崩れないように太陽で心を固めて、崩れるのを防いでるの」
「それって、どういう事・・・?」


 水のようなフィロの言葉
 染み入るように心に入り、何かを少しずつ潤していく。


「この季節。お姉さんが一番太陽になる時なの。フィロと逢った時、太陽が輝いてたの。だけど、一人の時太陽が消えちゃう・・・凄く凄く悲しいの」


 フィロのドングリ目から雨にも似た大粒の涙が流れ出す。
 心までも共鳴し、フィロは心から涙を流す。


「でもね、お姉さんの心。少しずつ潤ってるの・・・たくさんのヒトが潤してくれてるの。一人じゃないの、みんながいるの」
「みんな・・・・」


 巡らせば浮かぶ、様々なヒトの顔
 今日から丁度1年前、この地に生まれてから今までに、どれだけ多くのヒトと出会えただろう。


「ねぇ、お姉さん。お姉さん、今日でまた一つ心潤ったの。大きくなったの。お姉さん、凄く嬉しそうなの」
「わかるの・・・?」
「フィロにはわかるの。恵みの雨、完全に好きにはなれないけれど、お姉さん少しずつ強くなってる」


 フィロの腕がそっと離れ、蒼い瞳は再び髪に隠れる。
 葉の傘を差しなおし、フィロは一つの言葉を贈る。


「フィロはお祈りするの。お姉さんの心を、一粒の水が潤してくれるように・・・ 心からフィロはお祈りするの」
「・・・ありがとう」


 彼女の優しい微笑みに、フィロもにっこりと笑顔を向けた―――――




 ぽつり、降り続ける雨は止む事を知らない―――――
 憂鬱な空に、潤いを一つ
 貴女の心に届けばいい

 そうしてまた見せてください
 貴女の心の中の太陽を

 辺りを明るく照らす貴女の光は
 皆を心から幸せにします

 涙を流さないで
 過去に負けないで

 見渡せばすぐ傍に
 貴女を守ってくれる人がいるのですから

 心からのお祝いの言葉を贈ります
 ドランクちゃん、お誕生日おめでとう!!!


(2006.06.18 Frosche ペコさん宅ドランクさん)

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 ――――ひどく懐かしい風の匂い
 常に傍にいて、時には共に行動した

 信頼―――していたのかもしれない
 それでも見せる事が出来なかった

 私の、本当の姿を――――・・・






 それは6年ぶり
 偶然訪れた場所での、偶然の再会

 彼は気付いていないのかもしれない。
 私から見れば、アナタは何も変わっていないのに・・・

 纏う雰囲気
 敵を殺める力
 時折見せる鋭い視線

 アナタは何も変わっていない。
 私だけが変わった――――いや、あるべき姿に戻ったというべきか。



「はじめまして」


 素顔を隠す、いつもの笑み
 丁寧に挨拶を施すと、彼は僅かに表情を変えた後、同じ言葉を返してきた。


 気付いていない・・・・きっと、彼は。
 今の私には、顔を覆い隠す無表情の仮面はないのだから。

 しかし、気付くかもしれない。
 無表情の後につけられたのは、笑顔という仮面だから。


 ―――――結局、何も変わっていないのです。


 話は和やかに進んでいく。
 きっと回りに、何も知らない純粋な子供たちがたくさんいるから。


 気付かないのなら、そのままでいい。
 そのままがいい。

 アナタと共に、あの国で行っていた事。
 語り明かすには時が早過ぎる。


「ユーラ・・さんだったか・・・?」
「はい。どうしました?」


 ぎこちなく戸惑った様子
 まだ確定されていない不安定な思いが見え隠れする。


「あんた・・・俺の知り合いに似ている気がする」
「知り合い、ですか?」
「あぁ。昔、共に戦ったヤツなんだが・・・・」


 思い出してはいけない。


「そいつもあんたみたいに、綺麗な長い紫の髪をしてた・・・」
「紫の髪・・・珍しいですねぇ」
「だからだろうな。悪い、ヘンな話をした」


 やはりアナタは変わっていない。
 暗部の長として領主の任務を遂行していたあの時と全く


「・・・その人は、今どこに?」
「わからない。でも、出来ればもう一度逢いてぇな・・・」


 あぁ、アナタは――――・・・


「過去を越えたのですね・・・」
「え・・?」
「何でもありません。逢えるといいですね、その人に」
「そうだな・・・」


 私はまだ時間がかかる。
 アナタのようになれないかもしれない・・・

 それでもいつか、この仮面を外せる時がきたのなら。
 アナタに全てを話したいと思う。





「本気なのか・・・!?」
「えぇ。もうこの国は必要ない・・・力で押さえる時代は終わりました」
「・・・まぁ、いいや。どうせ止めたところでやめるような奴じゃねぇし・・・好きにしな」
「いいんですか?」
「綺麗な姉ちゃんと老けた親父。男ならどっちを取るか、わかるだろ?」
「・・・ありがとう、と言っておきましょうか」


(2006.07.02 Frosche ペコさん宅ブラットさん)

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「今宵は私がお前の部屋へ行く――――


 何もない真っ白な謁見の間で報告を終え、立ち上がったユーラの横を過ぎ去り際に彼は囁く。

 言葉の意味は考えずともわかっている。
 また、あの時間がやってくるのだ――――





「・・っ・・あ・・・」


 くぐもった声
 乾いたシーツに広がる長い髪の擦れた音
 嫌というほどに感じる湿った空間


 人形のように突き上げられては、ただ声を漏らすだけ
 そこに情など存在しない。

 薄っすらと濡れた緑碧の瞳を満足げに見下ろしながら、彼はさらに強く揺さぶりをかける。


「い・・ぁっ・・・・・」


 声が続かない。
 空気を求めて口は開き、ただ大きく胸をさらけ出して仰け反るだけ。


「お前は私の物なのだ。わかるな・・・? お前は・・私の物だ!」


 全ての支配欲を受け止めた後は、ゆっくりと時が流れていく―――――





 そのまま放置された身体
 ひどい汗と脱力感がベッドへと縛り付ける。

 初めの頃と比べると、今では吐き気すらも感じなくなってきた。
 一つの仕事であるように、終わった後はだるい身体を起こし、シャワーを浴びて眠るだけ。


「・・・起きないと」


 予想以上に重い身体を、思考を止めた脳は本能のままに無理やり動かす。
 ただ何を思ったのか――――

 不意に掛けられていた真っ白なシーツに裸のままの身体を包むと、ユーラは風通る部屋の外へと足を進めた。





 一国を担う領主の館
 ここへ来て、もう数年以上

 夜でも慣れた道を通り、吹き抜けとなっている中庭の泉へ出ると、巻いていたシーツを脱ぎ去り、全裸で水の中へと滑り入る。


 火照った身体をゆっくりと包みこむ冷たく透き通った水の膜
 やがて静かに身を沈め、真っ暗な空を彩る満ちた月を仰ぎ見る。

 僅かに吹く風に、水と共に揺れる長い薄紫の髪
 空を見る顔に表情はなく、虚ろなままにその身を委ねる。





 そうして何時か経ったとき―――――


「武器もなく、服も身につけず、無防備な姿を曝すとは・・・あんたらしくもない」


 闇の中から聞こえてきた耳慣れた声
 その場に立ち、声のした方へ顔を向ける。


「この季節とはいえ、いつまでも冷たい水に浸かっていたら、体調を崩すぞ」


 現われたその男に、ユーラはにっこりと微笑んだ。


「気持ちいいですよ」
「それはそれは、変わった趣向をお持ちのようで・・・」


 そう言いながらも、彼の手にはしっかりと来る時に巻き付けていたシーツが握られている。


「部屋戻るぞ」
「・・・迎えに来たのですか?」
「あんたがいないと進まない事があってね」


 真っ直ぐに伸ばされた手
 その手を掴み、泉から歩み出る。

 水の滴る髪が表情を隠し、仮面をつけていなくとも彼を真っ直ぐに見据える事ができる。


「ありがとうございます」
「・・・なんか女をエスコートしてるみたいだな」


 ばさりと肩から掛けられたシーツ
 今は冷えた身体を温めてくれるもの


「隊長様確保と。それじゃ行きますか」
「あぁ。ちょっと待ってください」


 今は泉の表面に映っている歪んだ満月を見つめ、小さく星の呪文を唱えると、泉の中の月へと降り注ぐ。
 途端、光り輝く白銀の泉に満足げに微笑むと、彼の方へ向き直った。


「お待たせしました」
「ほぉ・・・綺麗だな」
「アナタの髪も、月のように綺麗な色ですけどね・・・」


 そう言うと、口の端を上げた彼の笑みが返ってくる。



 二人が立ち去った後も、泉は微かに綺麗な白銀の光を放っていた―――――


(2006.07.08 Frosche ペコさん宅ブラットさん)

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 ――――もしも兄弟なのに、もしも性格が反対だったら・・・




「ホンマか!? ホンマに兄貴、飛行隊の隊長になるんか!?」
「・・・あぁ」



 LNC国、上層地区の中流貴族が住む一角
 その中でも、そこそこの地位をもつ家に生まれた2人

 齢22のヴォルグと、齢17のムシチョウ
 性格、思考共に正反対だが、戦いにおける素質は互いに劣らない。



「なぁ、いつからなん?」
「明日にでも正式に任命されるだろう。まぁ、俺にはどうでもいいことだがな」
「ま〜たそんな事言うてぇ〜! めちゃくちゃ嬉しいんやろ!?」
「くだらんな」



 当時はまだ話をする機会が多かったのかもしれない。
 まだ兄が優位に立っていたときは・・・・





「兄貴!! 聞いてや!!」
「・・・なんだ、騒がしい」




 それから2年後の事―――――




「俺もな、騎馬隊の隊長に任命されたんよぉ〜! もうめっちゃ嬉しいわー」



 その時、一瞬兄の表情が変わった事には気付かなかった。
 喜ぶ弟を横目に、無言で去っていた彼の思いさえもわからない。



 それから、兄と弟は全く言葉を交わさなくなった――――


(2006.07.16)

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 からりと晴れた空
 風はすっかり夏模様
 湿った空気は去っていった
 そして―――――



「お兄さん、ただいまなの」


 数日ぶりに戻ってきた小さい蛙の子を前に、ヴィオルは身を縮めて視線を合わせる。


「雨に逢えたか?」
「うん。たくさんの島でお空から小さな雫が降り注いでたの。とっても気持ち良かったの〜」
「そうか」


 今年の梅雨は、何故かパークに止まない雨が降り注ぎ、話によると被害もそこそこ多かったようだが・・・
 フィロにとってはとても幸せな時間だったようで、彼のもつ葉も青々とした色を放っている。


「それでね、フィロね。今日はお兄さんにお別れを言いに来たの」
「・・・別れ?」


 表情は変わらぬまま、フィロは淡々とした口調で別れを伝える。


「梅雨がね、いなくなっちゃったの。だからフィロもね、梅雨と一緒にバイバイするの」
「そういえば・・・初めて出会った時に、そんな事を言ってたな」
「フィロは雨の季節だけココにいるの。だからまた来年なの」


 そう言うフィロの顔が、だんだんと下を向いていく。
 心なしか、帽子のおたまも悲しげな表情をしているように思える。


「来年・・・梅雨の季節になったら、またココへくればいい」
「お兄さん・・・フィロはお別れしたくないの。もっとココにいたいの!」


 大粒の涙が前髪に隠れた蒼の瞳から零れ落ちる・・・・
 それは切実な叫び
 梅雨と共に生きる運命を強いられた、フィロの悲しみ


「フィロは、枯れてはいけない。色々な人の心に潤いを与えるお前が枯れてはいけないんだよ」
「・・・・・うん。わかってるの。フィロ、枯れないの」


 長い袖で目元を拭き、フィロはヴィオルを見上げた。


「お兄さんありがとうなの。また来年、ココでお逢いするの!」
「・・・あぁ。来年を楽しみに、この場所で待っているから」


 ぺこり、一つお辞儀をし、フィロはトテトテと島の端へ走って行く。

 そしてそのまま――――
 太陽の光に遮られるように、小さな蛙の姿は白の中へと消えていった――――




 梅雨の終わり。
 潤いを与えるカエルは、梅雨と共に姿を消す。
 来年、再び雨が降る時まで・・・・
 彼は一人、旅に出る――――――


(2006.07.30)

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