注意

このお話は、モンスター主体の話です。
故に、リヴリーに対する扱いはそれなりに酷いものになっております。
一応、特定されないようにリヴリーの種類も人格も容姿も表現を控えてあります。
それでもリヴリーが傷つくのはちょっと・・・、という方は読まない方がいいかもしれません。

また、その事に関して気分を害されても静稀は責任を負えませんのでご了承ください。



+ 5000hit御礼小説 −想い− +








 また1日が終わり、時はあと数時間で朝を迎えようとしている――――――





 バルコニーへと続く大きな窓は開け放たれ、心なしか花の香を含んだ柔らかな風が、添えつけられた薄い白のカーテンを緩やかに棚引かせる。
 ちょうど分厚い雲から抜けゆっくりと差し込まれる蒼銀の月の光は、絨毯を滑り無垢の壁に一筋の線を描いた。



 ――――――時刻はもうすぐ深夜3時




 惰眠を引きずる気だるい雰囲気の中、傍らに眠る彼の身体を引き寄せ、私は軽く息を吐いた。


―――――・・・最近」


 ベッドにかかる天蓋を見つめ、誰にでもなく呟いた言葉に、目を閉じていた彼は僅かに身じろぐ。
 完全に眠ってはいないのだろう・・・。

 彼の柔らかな茶色い髪が私の頬を掠った。


「最近、ミュラーはリヴリーどもにくだらん技を授けた。己の成長を犠牲にし、己以外の者を癒す技―――――
「"cure"か・・・?」


 意外にもしっかりとした音で返ってきた彼の言葉に、私は軽く頷く。


「そうだ。あの技を覚えてから、リヴリーどもは攻撃と援護に分かれて仕掛けてくるようになった。多少やり辛くはなったが、大して変わることもない」
「何が気に入らないんだ?」


 微笑を含んだ彼の声は、私の感情を読み取ってのことか。
 彼の言葉の通り、私はそのまま話を続ける。


「何故自己の成長を犠牲にしてまで他者を救おうとする・・・? 私を倒す唯一の手段は力をつける事。それにはレベルを上げることが必須だ。私と闘いたいからこそわざわざ命を晒してまでパークへ訪れているのだろうにな・・・・」


 キュアを使えば使うだけ、己自身の成長は止まる。
 つまり、力を上げる事が出来なくなる。


 ―――――それはひ弱な命を無下に投げ出している行為と同じだ。



「まるで無意味な行為だ。戦闘が終われば繋がりも残さずに散っていくのに何故――――・・・」
「お前には偽善行為にしか見えないか・・・? ウッド」


 天蓋から視線を外し彼の方を見やると、私の腕の中で彼は薄っすらと笑みを浮かべていた。


「俺にはわからなくもない・・・。非力な者が唯一使える力は相手を援護する力、相手を想うが故の力だと思う」
「想う、力か・・・・」
「その相手に対してどういう感情を持っているかはわからないが、守りたい者がいれば僅かな闘う力など犠牲にできるとは思わないか? 俺は守れる者は守りたい」
「赤の他人のために自らを犠牲にする気はないが、私にもお前と同じく――――――


 ―――――ボー・・ン・・・・ボー・・ン・・・・


 守りたい者がいる・・・・。そう続けようとした言葉を遮るかのように、柱の時計が運命の時を告げる音を鳴らした。
 その音に反応し、彼は僅かに身を強張らせる。


 どうやら私は、彼の心の中をまだ癒しきれていないようだ――――――



「・・・時間だ」


 彼から身体を離しベッドから滑り抜け、床に散らばった衣服を身に纏う。


 背を向けているため彼の姿は見えないが、きっと何か言い切れない表情をしているだろう。
 目を閉じ、まるで己の罪であるかのように・・・・、重く苦しい表情を浮かべているのだろう。


「行ってくる」
「・・・・・あぁ、気をつけて」


 今にも消え去りそうな彼の声は、私が閉じた扉の音に静かに飲み込まれ・・・そっと消えた―――――・・・








 




 いつもの如く、パークへ降り立った傍から、その瞬間を狙って集まっていたリヴリーが一気に攻撃の技を発動する・・・!


「小賢しいっ・・・!」


 身体の一部ともいえる鎌を片手に轟く雷の合間を抜け、目をつけた1匹をすぐさま切りつける。
 切り口は浅く、皮膚を裂く程度。
 すぐさま援護側のリヴリーがキュアを唱え、傷は綺麗に消え去った。


 ――――やはり愚かだ。


 鎌を振るって傷つける傍から回復
 そこに感情は見られず、義務的に与えられた役割をこなしているようにしか見えない。

 まるで運命に導かれるまま、機械的にリヴリーを殺していく己と同様に・・・・・



「日ごろから苛つかせる存在だが、ヘタな能力を身につけてから更に邪魔な存在になったな・・・!」


 ヤツ等に感情など無意味だったか―――――・・・


「キュアのおかげで余裕の闘いができるようになったか? 貴様等がその気ならば私もそれなりに相手をしてやろう」


 ヤツ等が唱える技も、音も、その行為も、全てが私を苛立たせる。


 何故・・・? 何故私は自身の感情をコントロール出来ていない・・・・・・?


 無意識に籠められてしまう力を前に、哀れなリヴリーは次々と倒れていく。
 キュアを唱えていた者も精神力が尽き、荒い息を繰り返している。


 初めは柔らかな新緑の香りを放っていたパークの草もまだらな焦げ跡と共に焼けた匂いを放ち、その上に彩られた赤い血臭が更に戦場を禍々しい雰囲気へと変える。
 運命の時は、あと少しで終わろうとしていた。





 パーク全体をぐるりと見回し、周囲を取り巻くリヴリーどもを一瞥する中、不意に目についたのは今にも倒れそうな1匹のリヴリーだった。

 傷を負えばすぐに逃げ去るヤツ等とは異なり、瀕死状態であるにも関わらずこの場に留まり続ける者・・・・
 いや、すでに気を失っているのか、逃げる気力さえも残っていないのかもしれない。


「・・・・最期だ」


 逃げずに留まり続けたことを後悔すればいい・・・。


 らしくもない感情を露にし、かの者との間合いを一気に詰めると、素早く鎌を振り上げた。
 反応の遅れたそのリヴリーは、目を剥き驚愕の表情を浮かべたまま、ただこちらを無防備に見上げる。


「キュアはっ・・!?」
「ダメだ間に合わない!!」


 辺りが騒々しい・・・。
 目を瞑る者、悲鳴をあげる者、表情を変えずに技を唱え続ける者―――――
 どうせ全て己には関係のない絵空事と思っているのだろう?


 月の光を反射し銀に輝く鎌を、獲物の首に合わせて振り下ろした・・・・・・その瞬間―――――!!


「やめてぇーーーっっ!!」


 細い身体を鎌と傷ついたリヴリーの間に滑りこませ、自らの身体を曝け出した1匹のリヴリー


 ――――何故か不意に、彼の言葉が頭の中に蘇った。



 "非力な者が唯一使える力は相手を援護する力、相手を想うが故の力"



 想うが故の―――力・・・・


 震える身体
 これから来るであろう痛みに耐えるように強く瞑られた瞳
 かの者を抱く腕

 決して離さず
 決して揺るがず

 かの者を想う心の力――――・・・



「・・・・ちっ」


 空で止まったままの鎌を舌うちと共に真っ直ぐ振り下ろす―――かの者の僅か数センチ真横へ・・・


 どすっと鈍い音が響き、土が跳ね上がると同時に数枚の草が千切れて落ちた。
 死を覚悟した2匹のリヴリーは未だ固まったまま、呆然とこちらを見つめている。


「何をしている。本当に死にたいのか?」
「えっ・・、あ・・っ・・・」
「さっさと消えろ。私の気の変わらぬうちにな・・・!」


 突き立てた鎌を引き抜くと、我に返った2匹はすぐさま帰還の呪文を唱え、その場から一瞬で消え去った。



 私自身、思いもよらぬ行動に出たものだ・・・・。
 辺りのリヴリーも動きを止め、嫌というほどこちらを見据えている。


「・・・・技なしで私に勝つつもりか? 舐められたものだな」


 しん・・と静まり返った戦場
 流れる夜風に乗せられた声がパーク全体に届き渡る。


「闘いの時間はまだある。せいぜい最期まで足掻くがいい」


 慣れた手つきで鎌を構える私に、再びリヴリーどもは戦闘態勢に入る。
 それほど広くもないパークに幾重もの詠唱が響き始めた――――――















 あとに残ったのは、無惨に踏みしめられた草だけ・・・・


 静寂を取り戻したパーク
 涼やかな春の風が、私の長い髪を撫でて通り過ぎていく。

 鎌を握ったまま暗い夜空を見上げ、微かに光る星に目を細める。



 ――――何故あの時、私は止めを刺さなかった・・・?



 空から目を離し、無意識に己の手のひらを見つめた。


 この手で何匹ものリヴリーを殺してきた。
 今更湧きあがる感情もないはずだが・・・・


 脳裏に浮かぶのは、恐れもせずに身を挺したあのリヴリー



 守りたかったのか・・・? 本当に?
 失ってしまったら、どうしただろうか・・・



 もしも私なら・・・、どうするのだろうか―――――・・・・




「・・・あぁ早くお前の元へ帰りたい。・・・グリフ」


 思わず零れた言葉
 掻き消すかのように一陣の強い風が吹き―――そして・・・


「・・・・・っ・・?」


 それは突如として、耳もとで静かに囁きかける。


「水の・・音・・・・?」


 一面草原に覆われた辺りに水場を臨む場所はない。
 だが、それは確実に・・・ 頭の中へ直接響かせるように聞こえてくる。


 まるで彼があの場所で呼んでいるかのように――――・・・


 さわさわと流れる風は心地いい。
 足元をくすぐる草でさえも、その実態を知らせているというのに
 しばしその場に佇んでいても、幻のような音は止む気配を見せない。

 耳鳴りとも違う、偽物のようで確かな水音・・・・


 ――――彼は今、安らかな寝息をたてている頃だろう。


 わかっているはずだが、何故か口はあの場所への移動呪文を唱えていた。
 導かれるまま・・・・誘われるがままに――――・・・・
 






 積み上げられたレンガの地に敷き詰められた草
 一際目を引くグリフォン像は、朽ちた今も尊厳な雰囲気を保ったまま、主のいなくなったパークを見つめ続けている。

 ゆるりと降り立った地―――ウォーターグリフォンパーク
 彼が姿を消した今では、この時間にここを訪れるリヴリーたちの姿はない。

 閑散とした雰囲気の中、泉へと流れ落ちる滝の音だけが寂しげに辺りに響いていた。



「静かな場所だ―――


 触れる風は己の戦闘場とは違い、少し湿った空気を纏っている。
 それでも空を覆う黒と、その中で輝く鮮やかな星に変わりはない。


「お前も戦いを終えた後、こうして空を眺めていたのだろうか・・・」


 同じ地に立ち、同じ空を眺め、当時の彼の姿と己をだぶらせる―――――
 ゆっくりと瞳を閉じると、風は過去を運び始めた・・・・





 天の定めたモンスターとしての運命を罪とし、責務を行う度に深く傷を負い続けたグリフォン
 無慈悲なリヴリーは休む暇を与えずに、彼を攻撃し続ける。
 命を奪うためと命を守るために、彼もまた傷を与えていく。

 1時間に1度、繰り返されていく悪夢のような時間
 戦い終わった後、その場に転がる死体を見つめながら、お前は何を思っていたのだろうか――――・・・



 ――――俺はもう戦いたくはない・・・・・



 ぽつりと消えそうなほど細い声で、彼が不意に漏らした言葉が頭を過ぎる。

 だから―――・・・だからこの場から連れ出した。
 それが天の運命を変える大罪だとわかっていても・・・・



 館で目覚めたお前の顔は、驚愕と戸惑いに満ちていた。


 ―――何故こんなことを・・・!


 これ以上苦しませないために・・・


 ―――お前を、救うためだ。グリフ


 これ以上罪を背負わせたくないために・・・


 ―――救うとはどういうことだ。


 これ以上―――・・・


 ―――罪の意識に捕らわれたお前を、救うためだ。


 これ以上涙を流させないために―――――・・・ 



 そうして無理に連れてきて、私はお前を救う事が出来たのだろうか。
 想う力は強くとも、守る力は存在し得たのか・・・








 あの時から、幾許(いくばく)かの時が流れた―――――


 お前を罪の意識から救うと言った私に対し、お前は罪を犯した私を救うと言った。
 もうそろそろ、心を休めてもいいか・・・・?
 お前が消えてしまうかもしれないという、底知れぬ不安を拭い去っても・・・・・・




 不意に背後に気配を感じ、閉じていた目を開く。
 真夜中に行き場を失ったリヴリーが来たのか・・・・?


 振り向いた先、そこに佇む人物に思わず目を見開いた。
 静かな笑みを湛え、彼はこちらを見つめている。


「・・・・グリフ」


 何故ここに―――
 言葉を発するより前、音も立てず歩み寄った彼はそのまま横を通り過ぎ、水の流れる泉へ向かう。
 夜霧に隠され、霞がかったその背を追えず、何故か呆然と彼を見送った。

 いつの間にか風の音さえ止み、静寂だけが辺りを包む。


 現実か―――・・・ 幻か―――・・・



 その姿から視線を外す事さえ叶わない。




 彼はやがて、泉の縁まで辿り着く。
 僅かにこちらを振り返り、あの笑みを浮かべたまま・・・・彼は泉へと足を踏み入れた。

 小さな水音が、やけに大きくパーク内に響く。
 それほど深くもない泉はちょうど彼の膝辺りで止まり、ザバザバとかき分けられて流れていく・・・・
 そうして中頃まで来ただろうか―――――

 不意に彼は足を止め、今度は身体ごとこちらに向けた。


「グリフ・・・・・」


 呪縛から解き放たれたように言葉が自然と漏れる。
 弱く・・・消え去りそうな声が―――・・・


 それでも彼には充分に聞こえたらしい。
 何も答える事なく、ただ彼は誘うように、こちらへ手を差し出した。


 ――――ウッド、お前もこちらに・・・・・


 差し出された手を取るには、距離がありすぎる。
 彼の城で、彼が作り出した空間に誘われるがまま、身体は無意識に足を進めていた。





 流れ落ちる滝は白い水飛沫を上げ、絶えず泉へとその身を注ぐ。
 水を含んだ湿っぽい空気もこの空間では爽やかなものへと変わり、風が吹いては足元の草と共に私の髪を撫で泉へと吸い込まれていった。


 辿り着いた泉の縁へ立つと、彼は滝を背にこちらを見て笑みを浮かべている。
 差し出した手はそのまま、早くとせがむように真っ直ぐ伸ばされた腕は、何の躊躇いもなく私を水の中へと誘いこむ。

 布を通って染みこむ冷たい水の感触さえ気にせず、ただ彼の元へ向かう。
 彼の腕は既に落とされ、水を分けて進む私を虚ろに見つめるだけ・・・・




 距離はゆっくりと縮まっていく。
 もう腕を伸ばせば、掴めるかもしれない。
 それでも1歩と足を進め、彼の目の前に立つと静かに彼を見下ろした。


「どうして・・ここにいる・・・?」


 この場所へ訪れたということは、この場所へ戻ると言う事なのか・・・?
 私の元を、離れて―――――


 溢れ出る水のように、不安は嵩(かさ)を増していく。
 彼は何を言うべきでもなく、変わらずこちらを見て、薄い笑みを浮かべていた。


 まるで消えてしまいそうなほどの、この儚さは一体―――・・・


「グリフ・・・」


 存在を確かめるように、抱き締めようと腕を回した―――その刹那・・・
 彼の身体は水と化し、掴めぬままパシャリ―――と音を立てて、泉の中へ落ちて消えた。



 どういう、ことなのか―――・・・



 手のひらに残る彼を成していた僅かな水
 滝は変わらず涼やかな音を立てて、泉の中へ滑り落ちている。


 あれは幻だったのか・・・
 それとも、彼の身に何かあったのか・・・


 どこか言い知れぬ不安に、今にも押しつぶされてしまいそうな・・・・
 胸を打つ鼓動が嫌に大きく聞こえていた。







 結局、私の不安は拭い去られることはないようだ。
 私の眼下にある館に彼が居る事で、私は彼が傍にいると認識し、安堵する。
 一度(ひとたび)彼を館以外の場所で見ようものなら、不安は大きく圧し掛かり、息をする事さえも儘ならない。

 私の、彼を想う力と守る力は、彼が館に存在する時にしか働かない。
 それ以外の時は、力を押さえて、私の欲望が動き出してしまうから――――・・・



 そして今も―――
 彼を失いたくがないための私の欲望が重い不安へと変わり、私は自らを失っている。

 











 気持ちばかりが焦り、頭が上手く回らない。
 館の扉を荒々しく開け放ち、水滴る髪もそのままに2階へ向かおうとする私の姿を見つけ、従者は僅かに声を荒げた。


「ウッド様・・・!? そのお姿はっ・・・!」
「騒ぐな。大したことはない」


 それでも慌てふためく従者に視線を合わせることなく、私は彼の部屋へと通じる階段を昇った。


 大丈夫だ、心配することはない。
 彼が消える事はない・・・・・


 震える手を伸ばし、そっと目の前の扉を開く。
 ベッドの上に、彼の姿は見えなかった――――――――


「グリ・・・っ」


 思わず名前を呼びかけたところに、窓から差し込んでいた月の光は優しく彼の居場所を知らせてくれる。

 光の一部を遮るように揺らめく彼の形を成した影
 長く伸びて細い線となっている。


 後ろ手で扉を閉め、物音を立てずに窓へと近づくと、バルコニーの柵に背を預け空を見上げる彼がいた。

 柔らかな風は彼の茶の髪を揺らし、羽織っただけのシャツを靡かせる。
 月光を受け、さらに白く透き通った肌は細く、しなやかな線を描き出す。

 本当に夜の闇に消え入りそうで、されど存在は確かに根付いている。


 不意に空から視線を外し、私の存在に気付いた彼は目を細め、風と同じく柔らかな笑みを浮かべた。


「おかえり・・・」


 胸が、苦しくて仕方がない。


 彼の言葉を返さずにバルコニーへ出、私は思いのままに彼を抱く。
 そのまま荒く口唇を重ねると、彼の口から僅かに動揺の息が漏れた。


 きつく抱きしめ、存在を確かめて、私の心は次第に穏やかなものへ戻り始める。


 守りたい者が傍にいる―――守りたい者に守られている・・・・


 心を占める彼の大きさは、すでに私の一部となり溶け混じって切り離す事は敵わない。




 口唇を離し、彼の口唇を軽く親指でふき取る。
 微かに潤んだ目の奥―――彼は、彼の城の匂いを嗅ぎとっていた。



「WGPへ行ったのか・・・? 何があったんだ」


 なぞるように彼の指が私の濡れた髪を滑り落ちる。
 不安げな視線を向ける彼に、私は曖昧な笑みを零した。


「ウッド・・・っ!」


 強められた言葉
 わかっているよ、お前の言いたい事は――――・・・


「グリフ―――お前は、温かいな・・・」


 そうして彼の肩口に顔を埋めると、髪を撫でていた彼の手は私を包みこむかのように後ろへと回された。


「とにかく部屋へ戻ろう。このままでは身体を冷やしてしまう」
「・・・そう、だな」


 このままでは彼も濡れてしまう。
 ゆっくりと身体を離すと、彼は私の手を引いた。










 促されるままに部屋へ戻り、ベッドの端へ座りこむ。
 繋がった手は離されず彼は立ちつくしたまま、心配そうに私を見下ろしている。


「今、何か拭くものをもらってくる」


 そう言って外された視線。
 何の事はない、ただ下にいる従者を呼ぶだけだというのに―――――


 この手が離れてしまうことが恐ろしい・・・・


 解けてしまいそうな彼の手をもう一度強く握り、私は彼を見上げ首を軽く振った。


「必要ない」
「しかし・・・」
「お前が、温めてくれ・・・・・」


 彼の手を離し、私は彼へと両手を広げる。


 ――――早く温もりを・・・
 ――――早く存在を・・・
 ――――守るべき者に守られて、想う力を与えて欲しい・・・


 僅かな間のあと、彼は私の腕の中へと身を差し出した。




 与えられた物は大きく、心に眠る不安は溶けていく
 身を挺して命を守ろうとしたあのリヴリーも、このように互いの心を埋めあっていたのだろうか―――――・・・















――――そろそろ何があったのか教えてくれてもいいんじゃないか?」


 彼の胸に抱き込まれた顔を僅かに上げると、ほぼ乾いてしまった髪を撫でていた彼と視線がぶつかった。
 物見る瞳はそれ以上何も言わず、ただ私の言葉を待っている。


「・・・・そうだな。話をしよう」


 紡ぐ言葉は、WGPでの出来事
 唐突に現われた幻をこの腕に抱く事も出来ず、儚いまでに散ってしまったその時の想い


「お前の姿を見た時、何故ここにいるのかというよりも何故この場にいられるのか・・・ 私の元を離れこの場所に戻るつもりなのかと、不安を感じた」


 決して戻る事はない―――決して私の傍から離れる事はないと、どこかで思いこんでいたのだろう・・・

 その安易な考え故、現われた幻に狂わされ、真実さえも見失った。
 私の中に眠る弱さを、あの幻は一瞬で引き出したのだ。


「私は我儘だな・・・。お前の気持ちも考えずに、お前の運命を無理やり位置づけてしまっている。・・・逃げ出したいだろう? 私の呪縛から」


 解き放つ勇気などないくせに・・・
 今すぐにでもまたお前の首に枷をつけて、誰の目にも触れさせず私の傍に置いておきたいと思っているのに・・・


「グリフ、お前が望むなら私は―――――・・・」
「何故そんな事を言う・・・。俺は自分の意思でこの場にいる、お前の傍を離れあの場所へ戻ろうなどと思った事はない」
 

 返された瞳は真に強さを持ったもの
 時折見せるその瞳は、私にいつも同じ強さを与えてくれていると、お前は知っているか・・・・?


「全く優しすぎるな・・・」
「ウッド?」


 彼から僅かに身体を離し、真っ直ぐな視線でもう一度見据え、私は言葉を続ける。


「その言葉が嘘でも構わない。だから、頼む・・・。もう少し私の我儘に・・・、私の傍にいてくれないか・・?」


 彼は躊躇いもなく、私に柔らかな笑みを向けた。


「・・・あぁ、たとえ何が起ころうともお前の傍にいることを約束する。気遣いとかそう言う事ではなく、俺の意思でお前に誓おう」


 だから私は・・・救われるのだ―――お前の言葉に・・・


――――ありがとう」






 新たな白光が月を覆い、蒼銀の光は徐々に呑み込まれていく。
 もうすぐ世界は朝を迎える。
 そしてまた、運命の時も近づいている――――・・・


「しかし、私だけ我儘を言うわけにはいかない。お前も何か我儘を言ったらどうだ」


 ふと思った言葉を口にし、私は隣に眠る彼を見据えた。
 閉じられた目はそのままで、彼は口元に小さな笑みを作る。


「俺は・・・、別に・・・」
「ないというのか? そんなはずはないだろう。誰しも心の中には欲望が眠っているものだ。私に、何か言いたい事はないのか?」


 心当たりがないわけではない。
 ずっと押し黙って言葉を飲みこんで、物分りのいい振りをして、私を見送る―――お前の表情が全てを語っている。


「・・・グリフ」


 促すように呼びかけた名に彼は微かに目を開け、困った顔で私を見る。
 言えば私に負担をかけるとでも言いたげな表情だ。


「私の我儘をお前が許したように、お前の我儘も許容したいと望むのは、また私の我儘なのか・・・?」
「そうじゃ、ない・・・。俺は――――・・・」


 運命とは残酷だ・・・・。
 彼の声を遮って、再び柱の時計が時を告げる。


―――時間、か」

 
 暗く塞がれたお前の表情を見たくない・・・・。
 そう願っても時は巡り、留まる事を知らない。


 ベッドから身体を起こし、やりきれぬ思いを胸に乗せたまま、彼に背を向ける。


 私の後ろでまた思いを飲みこんで、必死に耐えようとしているのか・・・・・


 床に散らばる服を掴むため腕を伸ばしかけた時―――彼の手が静かにそれを遮った。
 思わず振り返った先で、同じように身体を起こした彼が顔を伏せたまま、消え入りそうな言葉を紡ぐ。


「この我儘を言ったら、きっとお前は困惑する。決して言ってはいけない我儘だから・・・、それでも俺は・・・」
「かまわん。言ってくれ、グリフ」


 それでも考え込み、彼は口を閉ざす。

 簡単に言ってのけられる程軽い我儘ではない。
 天より告げられた運命を変えてしまう―――重い詞

 短くも長く感じる無音のあと、絞り出すように彼は一言呟いた。


―――――・・・行くな」


 掴まれた腕に、僅かに力が篭められる。
 ようやく解き放たれた彼の切なる願いを私は――――――・・・


「顔をあげてくれ」


 彼の手に自身の手を重ね、泣き出しそうな顔を上げさせる。
 運命など、想う力を前にしては導く事すら敵わないだろう。


「お前がそれを望むのなら――――・・・」





 ―――――たとえ全ての罪を被ったとしても、私は構わないのだから








す・・すいません!
5000HIT御礼とかいいつつ、すでにカウンターが10000回ってしまいました・・・
もういっそのこと、2つの御礼っていうことでイイデスカ・・・?

というわけで、はい。
マダ社小説第3弾をお届け致しました!!

思った以上に長く、思った以上にグダグダになったりなんかして・・・
ホント、マダ社を書く際は凄く神経を使って書いていたはずなのに、最後集中力途切れたって感じです。

それでもまぁ、少しでも読んでくださったアナタの胸に、何かこうぐあぁ〜ってものがきていただければ・・・
それはもう大成功の幸せでございます。

最後までお読みいただきありがとうございました。
よければ満腹ボタンを押してくださいね。

ちなみに、今書いているのは6日ですが、来週土曜までに満腹ボタン先を入れ替えますので・・・
各キャラのセリフかなんかに・・・。
そちらもお楽しみに!

読み終わったらブラウザ×で閉じてください。

2007.05.06 静稀 拝